<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
<title>ドナーズネット</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/" />
<link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.donorsnet.jp/atom.xml" />
<id>tag:www.donorsnet.jp,2008-02-04://1</id>
<updated>2010-05-24T04:04:35Z</updated>
<generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type Commercial 4.25</generator>
<entry>
<title>Vol.25：アンドレ・クート選手、平手晃平選手</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/interview/003624.php" />
<id>tag:www.donorsnet.jp,2010://1.3624</id>
<published>2010-05-24T03:49:34Z</published>
<updated>2010-05-24T04:04:35Z</updated>
<summary>今年から国内最高峰のモータースポーツイベントであるSUPER GTでは骨髄バンク支援活動をスタートさせました。きっかけはSUPER GTを戦うドライバーの1人、アンドレ・クート選手の息子、アフォンソくんが急性リンパ性白血病を発症したことです。アフォンソくんはもちろん、同じ病気で闘っている患者さんも助けたいと支援活動の輪が広がっています。SUPER GT第3戦が行われた富士スピードウェイでクート選手と同じチームの平手晃平選手に今のお気持ちを伺いました。</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="この人にインタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<div class="pageBlock">
<div class="subBlock">
<h3><img src="<mt:BlogUrl />common/images/head_profile.gif" alt="プロフィール" width="39" height="9" /></h3>
<dl class="txtBlock">
<dt>アンドレ・クート（あんどれ・くーと）</dt>
<dd>1976年生まれ。ポルトガル出身。レーシングドライバー。現在はマカオ在住。1991年からカートレースを始め、1995年、フォーミュラ・オペル・ユーロシリーズで4輪レースデビュー。2000年のF3マカオGP優勝、翌年初来日し、全日本GT選手権と全日本選手権フォーミュラ・ニッポンの両シリーズを戦う。2002年にはヨーロッパに戻りワールドシリーズ・バイ・ニッサンに参戦したほか、2003年にはヨーロッパツーリングカー選手権（ETCC）に参戦している。2004年に再び来日し、以降は全日本GT選手権・SUPER GTのGT500クラス、LEXUS TEAM SARDから参戦している。<dd>
<dt>平手晃平（ひらて・こうへい）</dt>
<dd>1986年生まれ。愛知県出身。レーシングドライバー。1999年に13歳でカートレースデビュー。2002年にフォーミュラ・トヨタに史上最年少で参戦を果たし、2005年からは海外のレースに参戦。2008年に日本へ活動の場を移し、フォーミュラ・ニッポンにIMPULから、またSUPER GTのGT300クラスにaprから参戦。2009年からSUPER GTのGT500クラスに LEXUS TEAM SARDから参戦している。<dd>
</br></dl>
</div>
<div class="mainBlock">
<strong>■SUPER GTシリーズ概要</strong></br><p class="cap">SUPER GTシリーズは、「箱レース」※を代表する国内最高峰のモータースポーツイベントであり、国内のみならず海外自動車メーカーも参戦し、様々な車種が競い合うレース。全8戦を全国各地のサーキット及びマレーシアで開催し、年間チャンピオンを決定する。500馬力と300馬力という異なる馬力の車両が同じレースで、カテゴリー毎で競いあう混走レースであり、2010年度は33チーム39台が登録。2人のドライバーが1台の車両を交代でドライブし、一年を通してシリーズチャンピオンの座を目指す。1994年に全日本GT選手権（JGTC）としてスタートし、2005年にSUPER GTとなり、今年で17年目のシーズンを迎える。2009年度の観客動員数は延べ約45万人を達成し、名実ともに日本を代表するモータースポーツとして位置づけられる。</br>※「箱レース」とは、市販乗用車を用いたサーキットで行われる自動車レースの総称</p></br></br>
<p>クート：もともとアフォンソは週に2～3回サッカーをやっているような活発な子で、私も時間がある限り練習を観にいったり、試合を応援しに行ったりしていました。ある日、彼のプレイしているときのフォームがおかしくなってきて、それと同時に背中が痛いと訴えてきたんです。痛みが無くなったり、出たりの繰り返しで1週間、10日と経ち、これはおかしいんじゃないかという話になって、病院に行きました。</br></br>「息子さんの病気は白血病です」と言われたときは、ショックが大きすぎました。こんなことが自分の身に降りかかるとは思っていないし、気持ちの準備をしているわけでもなかったので。自分の両親が病気になったのであれば、それは順番なので心の準備もできますが、実際に病気になったのは息子だったので、ショック以外なにものでもなかったです。</br></br>骨髄バンクや骨髄移植については、言葉として聞いたことはありましたけど、それについて詳しく知っているのかといえば、そんなことはなかったです。ポルトガルで女の子が白血病で骨髄ドナーを探しているといったニュースがあったのを覚えているぐらいでした。今はアフォンソの病気について勉強しましたので、骨髄移植や骨髄バンクがどういうものかはわかっています。ヨーロッパでは骨髄バンクについて非常に理解があるし、認知もされています。</br></br>今後は皆さまの協力を得て、ドナー登録者を増やしていく活動をしていきたいです。白血病はお医者さんの力が半分、残りの半分はドナーさんがいないと治すことはできません。また、よく誤解されるのは、骨髄移植は臓器移植ではありません。一人でも多くの方に登録してもらえれば、それだけ適合する確率も高くなります。アフォンソだけでなく、同じ病気で闘っている誰かの命が救えるかもしれないので、ぜひ協力してほしいと思っています。</p>
<span><img alt="vol25-02.jpg" src="http://www.donorsnet.jp/vol25-02.jpg" width="250" height="238" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span><center><p class="cap">パンフレット配布ボランティアの皆さんと（富士スピードウェイ）</p></center>
</div>
</div>
<div class="pageBlock">
<div class="mainBlock">
<p>平手：僕も白血病のことはまったく知らなかったので、初めて息子さんのことを聞いたときはショックというより、重たい病気が見つかったんだろうとしか思えませんでした。彼の態度はいつもとまったく違い、明らかに表情にも出ていたので、これはただごとじゃないと感じました。</br></br>ドナー登録については臓器移植のイメージがあり、結構大変なことだろうなぁと思っていました。僕も少しずつ勉強して、骨髄ドナー登録自体は採血だけで済むことを知りました。今回のことをきっかけに自分もそうですし、たくさんの方に骨髄バンクを知ってもらいたいと考えるようになりました。レース関係者で実際にドナー登録をしたということを聞いていないので、僕がきっかけとなりサーキットにいる人たちが、僕も！私も！と手を挙げてくれるんじゃないかと。それで、明日ドナー登録することに決めました。</br></br>実は献血もしたことがありません。冗談抜きで恥ずかしいんですけど、ちょっと...注射が苦手なもので...。緊張するのは針がささる瞬間なので、いま緊張することはありませんが、1日でも早く、みんなに呼びかけられるようなりたいと思っています。</br></br>もしも自分が病気になって、ドナーさんが必要になったとき「私ドナー登録します」と言ってくれる人が増えればそれだけ助かる可能性が広がりますよね。ドナー登録をためらう人もいるでしょうが、ぜひ、迷わずに登録してほしいと思います。</br></br>
<span><img alt="vol25-03.jpg" src="http://www.donorsnet.jp/vol25-03.jpg" width="250" height="236" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span><center><p class="cap">登録後、ドナーカードを持って記念撮影</p></center></br></br><i>ドナーズネットから追記</br>5月12日にクート選手の息子、アフォンソくんにドイツの骨髄バンクを通じてドナーが見つかったという発表がありました。治療の成功を心よりお祈りしています。
</br>LEXUS TEAM SARDからのお願いとお知らせ</br>
<a href="http://www.sard.co.jp/race_r/r2010/news/20100224.html" target="_blank">http://www.sard.co.jp/race_r/r2010/news/20100224.html</a></i></div>
</div>]]>
<![CDATA[<div class="pageBlock">
<div align="center">----------</div>
[プロフィール]<br />
あんどれ・くーと／1976年生まれ。ポルトガル出身。レーシングドライバー。現在はマカオ在住。1991年からカートレースを始め、1995年、フォーミュラ・オペル・ユーロシリーズで4輪レースデビュー。2000年のF3マカオGP優勝、翌年初来日し、全日本GT選手権と全日本選手権フォーミュラ・ニッポンの両シリーズを戦う。2002年にはヨーロッパに戻りワールドシリーズ・バイ・ニッサンに参戦したほか、2003年にはヨーロッパツーリングカー選手権（ETCC）に参戦している。2004年に再び来日し、以降は全日本GT選手権・SUPER GTのGT500クラス、LEXUS TEAM SARDから参戦している。<br>
ひらて・こうへい／19851986年生まれ。愛知県出身。レーシングドライバー。1999年に13歳でカートレースデビュー。2002年にフォーミュラ・トヨタに史上最年少で参戦を果たし、2005年からは海外のレースに参戦。2008年に日本へ活動の場を移し、フォーミュラ・ニッポンにIMPULから、またSUPER GTのGT300クラスにaprから参戦。2009年からSUPER GTのGT500クラスに LEXUS TEAM SARDから参戦している。<br>
<div align="center">----------</div>
<br />
■SUPER GTシリーズ概要</br>SUPER GTシリーズは、「箱レース」※を代表する国内最高峰のモータースポーツイベントであり、国内のみならず海外自動車メーカーも参戦し、様々な車種が競い合うレース。全8戦を全国各地のサーキット及びマレーシアで開催し、年間チャンピオンを決定する。500馬力と300馬力という異なる馬力の車両が同じレースで、カテゴリー毎で競いあう混走レースであり、2010年度は33チーム39台が登録。2人のドライバーが1台の車両を交代でドライブし、一年を通してシリーズチャンピオンの座を目指す。1994年に全日本GT選手権（JGTC）としてスタートし、2005年にSUPER GTとなり、今年で17年目のシーズンを迎える。2009年度の観客動員数は延べ約45万人を達成し、名実ともに日本を代表するモータースポーツとして位置づけられる。</br>※「箱レース」とは、市販乗用車を用いたサーキットで行われる自動車レースの総称
</div><br>
<div align="center">----------</div>
<div class="pageBlock">
クート：もともとアフォンソは週に2～3回サッカーをやっているような活発な子で、私も時間がある限り練習を観にいったり、試合を応援しに行ったりしていました。ある日、彼のプレイしているときのフォームがおかしくなってきて、それと同時に背中が痛いと訴えてきたんです。痛みが無くなったり、出たりの繰り返しで1週間、10日と経ち、これはおかしいんじゃないかという話になって、病院に行きました。</br></br>「息子さんの病気は白血病です」と言われたときは、ショックが大きすぎました。こんなことが自分の身に降りかかるとは思っていないし、気持ちの準備をしているわけでもなかったので。自分の両親が病気になったのであれば、それは順番なので心の準備もできますが、実際に病気になったのは息子だったので、ショック以外なにものでもなかったです。</br></br>骨髄バンクや骨髄移植については、言葉として聞いたことはありましたけど、それについて詳しく知っているのかといえば、そんなことはなかったです。ポルトガルで女の子が白血病で骨髄ドナーを探しているといったニュースがあったのを覚えているぐらいでした。今はアフォンソの病気について勉強しましたので、骨髄移植や骨髄バンクがどういうものかはわかっています。ヨーロッパでは骨髄バンクについて非常に理解があるし、認知もされています。</br></br>今後は皆さまの協力を得て、ドナー登録者を増やしていく活動をしていきたいです。白血病はお医者さんの力が半分、残りの半分はドナーさんがいないと治すことはできません。また、よく誤解されるのは、骨髄移植は臓器移植ではありません。一人でも多くの方に登録してもらえれば、それだけ適合する確率も高くなります。アフォンソだけでなく、同じ病気で闘っている誰かの命が救えるかもしれないので、ぜひ協力してほしいと思っています。<br></div>
<div class="pageBlock">
平手：僕も白血病のことはまったく知らなかったので、初めて息子さんのことを聞いたときはショックというより、重たい病気が見つかったんだろうとしか思えませんでした。彼の態度はいつもとまったく違い、明らかに表情にも出ていたので、これはただごとじゃないと感じました。</br></br>ドナー登録については臓器移植のイメージがあり、結構大変なことだろうなぁと思っていました。僕も少しずつ勉強して、骨髄ドナー登録自体は採血だけで済むことを知りました。今回のことをきっかけに自分もそうですし、たくさんの方に骨髄バンクを知ってもらいたいと考えるようになりました。レース関係者で実際にドナー登録をしたということを聞いていないので、僕がきっかけとなりサーキットにいる人たちが、僕も！私も！と手を挙げてくれるんじゃないかと。それで、明日ドナー登録することに決めました。</br></br>実は献血もしたことがありません。冗談抜きで恥ずかしいんですけど、ちょっと...注射が苦手なもので...。緊張するのは針がささる瞬間なので、いま緊張することはありませんが、1日でも早く、みんなに呼びかけられるようなりたいと思っています。</br></br>もしも自分が病気になって、ドナーさんが必要になったとき「私ドナー登録します」と言ってくれる人が増えればそれだけ助かる可能性が広がりますよね。ドナー登録をためらう人もいるでしょうが、ぜひ、迷わずに登録してほしいと思います。</br></br>ドナーズネットから追記</br>
5月12日にクート選手の息子、アフォンソくんにドイツの骨髄バンクを通じてドナーが見つかったという発表がありました。治療の成功を心よりお祈りしています。 </div>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>Vol.30：穴澤良幸さん</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/offer/003627.php" />
<id>tag:www.donorsnet.jp,2010://1.3627</id>
<published>2010-05-24T00:27:24Z</published>
<updated>2010-05-24T22:57:58Z</updated>
<summary>穴澤良幸さんは、高校の国語の先生をしています。息子（次男）さんが５歳の時、白血病と診断されましたが、幸い兄弟（長男）とHLA型が一致し、骨髄移植することができて元気になりました。困っている患者さんや家族の人の役に立ちたいと思いから登録し、先日２回目の提供をしました。</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="提供者さんインタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<div class="pageBlock">
<div class="mainBlock">
<h3 class="qaQ">ドナー登録のきっかけは？</h3>
<p class="qaA">次男が５歳の時、原因不明の熱が３日ほど続き、病院に行ったところ急性リンパ性白血病と診断されました。病気を知ったときは「うそ？なぜ私たちの子供が？」という思いで、頭がパンクしそうでした。幸い長男と白血球の型（HLA型）が一致し、骨髄移植することができ、今ではとても元気に生活しております。入院中は、妻は早起きが苦手でしたが、早く会いたい一心で慣れない満員電車に乗り病院に行き、夜10時近くに帰ってくる生活で、疲れ切っていました。また、長男は７歳で、骨髄提供することが怖かったようですが、「僕がんばるよ！」と言って提供してくれました。しかし、家族がこんなに頑張っているのに自分は何もしていないとう思いがどこかに残っていました。次男が骨髄移植してすぐに、「困っている患者さんや家族の人の役に立ちたい」と骨髄バンクに登録しました。 </p>
<h3 class="qaQ">適合通知が来たときはどう思いましたか？</h3>
<p class="qaA">今登録して２年後に、自宅に骨髄バンクから封書が届きました。ある程度覚悟はできていたので「とうとうきたか・・・」と思いましたが、提供することに迷いはありませんでした。『情けは人の為ならず』ということわざがあります。情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくるのであるから、誰にでも親切にするべきだと思っています。息子が助かったのも何かのお陰で、自分が提供することが自分や家族のためになると思いますし、恩返しができ嬉しいです。</p>
<h3 class="qaQ">ご家族の反応はどうでしたか？</h3>
<p class="qaA">妻も喜んでくれましたし、私よりも前に提供している長男は「パパがんばって！僕にもできたから大丈夫だよ」といって応援してくれました。</p>
<h3 class="qaQ">職場の方の反応はどうでしたか？</h3>
<p class="qaA">私は高校で国語の教師をしているのですが、入院する間の授業を前倒しで行い、別の学科と入れ替えてもらい、同僚も助けてくれました。また子供が病気になったことも知っていましたので、快く引き受けてくれました。</p>
<h3 class="qaQ">入院中のエピソードをお聞かせください</h3>
<p class="qaA">小学校の時に敗血症で入院したことがあったので、なんとなく入院生活は想像がついていました。毎日、夜に腹筋と腕立て伏せをする習慣があるのですが、入院中にも継続してやったところ血糖値が上がってしまい、看護婦さんに怒られてしましました（笑）。また採取する日に、妻と子供がお見舞いに来てくれて嬉しかったです。</p>
</div>
</div>
<div class="pageBlock">
<div class="mainBlock">
<h3 class="qaQ">採取のときは緊張しましたか？</h3>
<p class="qaA">全身麻酔は初めてでしたので、少し緊張していました。話を聞いていたとおり、眠ってしまった後は何も覚えていません。採取したところは、ぜんぜん痛みを感じなかったですね。ちょっと腰が重く感じたぐらいです。事前に「採取後は痛みがあります」と説明を受けていたので、逆に痛みが無いことが意外でした。</p>
<h3 class="qaQ">採取後はどうでしたか？</h3>
<p class="qaA">麻酔が切れたときは、腰のあたりの重い痛みがありました。トイレに行きたかったのですが、腰に力が入らず普通に歩けるようになるには２日くらいかかりました。正直、カテーテル（※膀胱内に細い管を留置して、尿を体外に導き出す方法）を抜くときも、言葉で表せないような痛みがありました。しかし、提供した後に後悔は全くなく、こんなことで人の命が助かるならこの痛みなんて軽いものだと思います。その後、提供した患者さんからお手紙をもらい、感謝の気持ちがあふれていました。その方は、病気の経過が悪かったのか、移植後のDLI（※ドナーリンパ球輸注と呼ばれ、移植後に再発した場合に骨髄提供ドナーからリンパ球を輸血するものです）も依頼され、病院に行き採血しました。その患者さんが、今も元気でいることを願っています。</p>
<h3 class="qaQ">最近2度目の骨髄提供をされたようですね</h3>
<p class="qaA">はい。今回の適合通知を受け取った時、全く関係ないかもしれませんが、息子が病気になったことで、私が骨髄バンクに登録した因果関係があるかもしれないと思いました。　提供後は1年間の保留になり、その保留が解けたらすぐに適合しました。今回の提供は学校の春休みに当たったので、良かったです。</p>
<h3 class="qaQ">学校の生徒さんに全体集会の時、骨髄バンクのお話をされたようですね</h3>
<p class="qaA">はい。「18歳の証明」という卒業式に配布するチラシを骨髄バンクからいただきました。あるホームページであるドナー経験者のエピソードを見たときに、「やらぬ善よりやる偽善」という言葉がありました。良いことをやらないよりかは、偽善でもいいのでやってみようと背中を押される感じがしました。 
</p>
<span><img alt="vol30-2.jpg" src="http://www.donorsnet.jp/vol30-2.jpg" width="250" height="180" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>
</div></div>]]>
<![CDATA[<div class="pageBlock">
Q. ドナー登録のきっかけは？<br />
A. 次男が５歳の時、原因不明の熱が３日ほど続き、病院に行ったところ急性リンパ性白血病と診断されました。病気を知ったときは「うそ？なぜ私たちの子供が？」という思いで、頭がパンクしそうでした。幸い長男と白血球の型（HLA型）が一致し、骨髄移植することができ、今ではとても元気に生活しております。入院中は、妻は早起きが苦手でしたが、早く会いたい一心で病院に行き、夜10時近くに帰ってくる生活で、疲れ切っていました。また、長男は７歳で、骨髄提供することが怖かったようですが、「僕がんばるよ！」と言って提供してくれました。しかし、家族がこんなに頑張っているのに自分は何もしていないとう思いがどこかに残っていました。次男が骨髄移植してすぐに、「困っている患者さんや家族の人の役に立ちたい」と骨髄バンクに登録しました。<br />
Q. 適合通知が来たときはどう思いましたか？<br />
A. 今登録して２年後に、自宅に骨髄バンクから封書が届きました。ある程度覚悟はできていたので「とうとうきたか・・・」と思いましたが、提供することに迷いはありませんでした。『情けは人の為ならず』ということわざがあります。情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくるのであるから、誰にでも親切にするべきだと思っています。息子が助かったのも何かのお陰で、自分が提供することが自分や家族のためになると思いますし、恩返しができ嬉しいです。<br />
</div>
<div class="pageBlock">
Q. ご家族の反応はどうでしたか？<br />
A. 妻も喜んでくれましたし、私よりも前に提供している長男は「パパがんばって！僕にもできたから大丈夫だよ」といって応援してくれました。
Q. 職場の方の反応はどうでしたか？<br />
A. 私は高校で国語の教師をしているのですが、入院する間の授業を前倒しで行い、別の学科と入れ替えてもらい、同僚も助けてくれました。また子供が病気になったことも知っていましたので、快く引き受けてくれました。
Q. 入院中のエピソードをお聞かせください<br />
A. 小学校の時に敗血症で入院したことがあったので、なんとなく入院生活は想像がついていました。毎日、夜に腹筋と腕立て伏せをする習慣があるのですが、入院中にも継続してやったところ血糖値が上がってしまい、看護婦さんに怒られてしましました（笑）。また採取する日に、妻と子供がお見舞いに来てくれて嬉しかったです。
</div>
<div class="pageBlock">
Q. 採取のときは緊張しましたか？<br />
A. 全身麻酔は初めてでしたので、少し緊張していました。話を聞いていたとおり、眠ってしまった後は何も覚えていません。採取したところは、ぜんぜん痛みを感じなかったですね。ちょっと腰が重く感じたぐらいです。事前に「採取後は痛みがあります」と説明を受けていたので、逆に痛みが無いことが意外でした。
Q. 採取後はどうでしたか？<br />
A. 麻酔が切れたときは、腰のあたりの重い痛みがありました。トイレに行きたかったのですが、腰に力が入らず普通に歩けるようになるには２日くらいかかりました。正直、カテーテル（※膀胱内に細い管を留置して、尿を体外に導き出す方法）を抜くときも、言葉で表せないような痛みがありました。しかし、提供した後に後悔は全くなく、こんなことで人の命が助かるならこの痛みなんて軽いものだと思います。その後、提供した患者さんからお手紙をもらい、感謝の気持ちがあふれていました。その方は、病気の経過が悪かったのか、移植後のDLI（※ドナーリンパ球輸注と呼ばれ、移植後に再発した場合に骨髄提供ドナーからリンパ球を輸血するものです）も依頼され、病院に行き採血しました。その患者さんが、今も元気でいることを願っています。
</div>
<div class="pageBlock">
Q. 最近2度目の骨髄提供をされたようですね<br />
A. はい。今回の適合通知を受け取った時、全く関係ないかもしれませんが、息子が病気になったことで、私が骨髄バンクに登録した因果関係があるかもしれないと思いました。　提供後は1年間の保留になり、その保留が解けたらすぐに適合しました。今回の提供はちょうど学校の春休みに当たったので、良かったです。
Q. 学校の生徒さんに全体集会の時、骨髄バンクのお話をされたようですね<br />
A. はい。「18歳の証明」という卒業式に配布するチラシを骨髄バンクからいただきました。あるホームページであるドナー経験者のエピソードを見たときに、「やらぬ善よりやる偽善」という言葉がありました。良いことをやらないよりかは、偽善でもいいのでやってみようと背中を押される感じがしました。
</div>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>Vol.24：宮澤ミシェルさん</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/interview/003515.php" />
<id>tag:www.donorsnet.jp,2010://1.3515</id>
<published>2010-01-14T04:30:04Z</published>
<updated>2010-01-14T23:20:27Z</updated>
<summary>サッカー解説者の宮澤ミシェルさんは、昨年ドナー登録をしました。さらに骨髄バンクのイベントではトークショーに出演していただくなど支援活動を展開中。今後も骨髄バンクのドナー登録を広めていくメッセンジャーとして幅広く活動していきたいという宮澤さんに意気込みを伺いました。</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="この人にインタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<div class="pageBlock">
<div class="subBlock">
<h3><img src="<mt:BlogUrl />common/images/head_profile.gif" alt="プロフィール" width="39" height="9" /></h3>
<dl class="txtBlock">
<dt>宮澤ミシェル（みやざわ・みしぇる）</dt>
<dd>1963年生まれ。千葉県出身。現役引退後、サッカー解説を中心に情報・バラエティ番組等に幅広く活躍する傍ら1997年には帝京高校のコーチに就任。高校選手権準優勝に導きチームに貢献。1998年ワールド杯フランス大会、1999年南米選手権には現地におもむき、実況解説をする。Ｊリーグをはじめフランスリーグ・スペインリーグ等、NHK・ＢＳ・ＣＳ局で世界を視野に入れた解説を行っている。2002年ワールド杯ＫＯＲＥＡ／ＪＡＰＡＮ大会でNHKのメイン解説者として参加。現在もNHKサッカー・日刊スポーツサッカー解説者として活躍中。また、自らの経験をいかして独自で学んだ世界観を各種イベント、講演会等を通して伝え、全国の子供から学生を対象にしたサッカー指導も積極的に行っている。<dd>
</dl>
</div>
<div class="mainBlock">
<p>テレビ番組などで「骨髄バンク」は認知していましたが、実際に何かをすることはありませんでした。献血もしたことはなかったし、病気の人たちを支援するイベントはやらせてもらったことがあるけど、今回のドナー登録のように自分から動き出したのは初めてです。</p>
<p>骨髄バンクがあってもまだまだドナーが足りないという話を聞き、何かできることはないかと考えました。その答えがドナー登録だったんですけど、いろいろな資料を読むと、実際に提供するとなると結構大変じゃないですか。大変さをわかった上ですぐに登録するよとは言えなかったですね。しばらく迷いましたが、患者さんのためならと思い、ドナー登録を決意しました。</p>
<p>昨年の10月に骨髄バンクのトークショー※1に出演させてもらいました。提供した人や移植を受けた患者さんが元気になった姿を目の当たりにしました。患者さん、ドナーさんの双方に会えて、あらためて骨髄バンクの大切さを教えられたような気がします。</p>
<span><img alt="vol24-2.jpg" src="http://www.donorsnet.jp/vol24-2.jpg" width="250" height="219" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>
<p>※1　2009年10月3日にお台場のヴィーナスフォートで行われた「骨髄バンク推進イベント 2009 ライオンズデー ひとりずつ、ひとつ以上できる事がある。」の中で宮澤さんと提供したドナーさんのトークショーを開催</p>
</div>
</div>
<div class="pageBlock">
<div class="mainBlock">
<p>人間が一人でできることは小さくても微力と微力がつながっていけば、大きな力になるんです。それは経験からくるもので、僕もたくさんの方から助けてもらってきたので、今度は僕がそれをする番だと。だから今病気と闘っている患者さんには、「がんばるから、待っててくれよ」と言いたいです。</p>
<p>ドナーさんも何かの思いがあって登録されたはずです。登録だけで終わらせるのではなく、たとえば友達に「骨髄バンクに登録したんだけど、お前も考えて見ないか」と言ってみるとか。決して恥ずかしいことではなく素晴らしいことですよね。みんなもメッセンジャーとなって、新たな一歩を踏み出してほしいし、僕もたくさんの人に骨髄バンクのことを伝えていくつもりです。これまでサッカー教室や講演会などで日本中を回っていましたが、今はそれと同時に骨髄バンクを広める活動をする時期が来たんだと感じています。</p>
<span><img alt="vol24-3.jpg" src="http://www.donorsnet.jp/vol24-3.jpg" width="250" height="202" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span></div>
</div>]]>
<![CDATA[<div class="pageBlock">
<div align="center">----------</div>
[プロフィール]<br />
みやざわ・みしぇる／1963年生まれ。千葉県出身。現役引退後、サッカー解説を中心に情報・バラエティ番組等に幅広く活躍する傍ら1997年には帝京高校のコーチに就任。高校選手権準優勝に導きチームに貢献。1998年ワールド杯フランス大会、1999年南米選手権には現地におもむき、実況解説をする。Ｊリーグをはじめフランスリーグ・スペインリーグ等、NHK・ＢＳ・ＣＳ局で世界を視野に入れた解説を行っている。2002年ワールド杯ＫＯＲＥＡ／ＪＡＰＡＮ大会でNHKのメイン解説者として参加。現在もNHKサッカー・日刊スポーツサッカー解説者として活躍中。また、自らの経験をいかして独自で学んだ世界観を各種イベント、講演会等を通して伝え、全国の子供から学生を対象にしたサッカー指導も積極的に行っている。
<div align="center">----------</div>
<br />
テレビ番組などで「骨髄バンク」は認知していましたが、実際に何かをすることはありませんでした。献血もしたことはなかったし、病気の人たちを支援するイベントはやらせてもらったことがあるけど、今回のドナー登録のように自分から動き出したのは初めてです。<br>
骨髄バンクがあってもまだまだドナーが足りないという話を聞き、何かできることはないかと考えました。その答えがドナー登録だったんですけど、いろいろな資料を読むと、実際に提供するとなると結構大変じゃないですか。大変さをわかった上ですぐに登録するよとは言えなかったですね。しばらく迷いましたが、患者さんのためならと思い、ドナー登録を決意しました。<br>
昨年の10月に骨髄バンクのトークショー※1に出演させてもらいました。提供した人や移植を受けた患者さんが元気になった姿を目の当たりにしました。患者さん、ドナーさんの双方に会えて、あらためて骨髄バンクの大切さを教えられたような気がします。<br><br>※1　2009年10月3日にお台場のヴィーナスフォートで行われた「骨髄バンク推進イベント 2009 ライオンズデー ひとりずつ、ひとつ以上できる事がある。」の中で宮澤さんと提供したドナーさんのトークショーを開催
</div><br>
<div align="center">----------</div>
<div class="pageBlock">
人間が一人でできることは小さくても微力と微力がつながっていけば、大きな力になるんです。それは経験からくるもので、僕もたくさんの方から助けてもらってきたので、今度は僕がそれをする番だと。だから今病気と闘っている患者さんには、「がんばるから、待っててくれよ」と言いたいです。</div><br>
<div align="center">----------</div>
<div class="pageBlock">
ドナーさんも何かの思いがあって登録されたはずです。登録だけで終わらせるのではなく、たとえば友達に「骨髄バンクに登録したんだけど、お前も考えて見ないか」と言ってみるとか。決して恥ずかしいことではなく素晴らしいことですよね。みんなもメッセンジャーとなって、新たな一歩を踏み出してほしいし、僕もたくさんの人に骨髄バンクのことを伝えていくつもりです。これまでサッカー教室や講演会などで日本中を回っていましたが、今はそれと同時に骨髄バンクを広める活動をする時期が来たんだと感じています。</div>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>Vol.23:大野あづささん 林晴香さん</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/interview/003460.php" />
<id>tag:www.donorsnet.jp,2009://1.3460</id>
<published>2009-10-26T03:39:27Z</published>
<updated>2010-01-14T23:28:48Z</updated>
<summary>ガールスカウトをしている大学生で、骨髄バンクとタイアップした映画「私の中のあなた」の試写会で募金活動をしていただきました。ガールスカウトは現在世界145の国や地域で、約1000万人の会員が活動している、少女と若い女性のための世界最大の社会教育団体です。「少女と若い女性が責任ある世界市民として、自ら考え、行動できる人となる」ことを目指して活動しています。映画を通して、骨髄バンクへ興味が沸いたそうです。</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="この人にインタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<div class="pageBlock">
<div class="subBlock">
<h3><img src="<mt:BlogUrl />common/images/head_profile.gif" alt="プロフィール" width="39" height="9" /></h3>
<dl class="txtBlock">
<dt>大野あづさ／右</dt>
<dd>1988年生まれ。大学生でガールスカウトを通じてボランティア活動をする</dd>
<dt>林晴香／左</dt>
<dd>1985年生まれ。小学校の授業補助指導員でガールスカウトを通じてボランティア活動をする </dd>
</dl>
</div>
<div class="mainBlock">
<p><span class="txtBold">「私の中のあなた」</span>　</br>
「私の中のあなた」ストーリー
13歳のアナ（アビゲイル・ブレスリン）は、白血病を患う姉・ケイトに臓器を提供するドナーとして、遺伝子操作によって生まれたデザインベイビーだった。彼女は、輸血や骨髄移植など様々な犠牲を強いられてきたが、ケイトの病状は一進一退。アナは「もう姉のために手術を受けるのは嫌」と弁護士を雇い訴訟を起こす。「自分の身体は自分で守りたい」と両親を訴えるアナ。ケイトを最優先に考え、アナに迫る母親（キャメロン・ディアス）、何も出来ない父親、非行に走る兄、そしてアナの協力がなければ死んでしまう姉。アナと家族の戦いが始まった――。実話を基に著したベストセラー「わたしのなかのあなた」を原作にしたヒューマン・ドラマ。</p>
<span><img alt="watashi_movie.jpg" src="http://www.donorsnet.jp/watashi_movie.jpg" width="200" height="283" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>
<p><span class="txtBold">大野さん</span>　私がガールスカウトを始めたきっかけは、友達を作るきっかけになればと母が薦めてくれ、見学に行ったところとても楽しそうで迷うことなく入りました。</p>
<p><span class="txtBold">林さん</span>　私は小学生の時にガールスカウトに入りました。そのころからアウトドアがとても好きで、友達がキャンプに行っていることが羨ましかったんです。ガールスカウトはアウトドア活動も盛んでしたので。</p>
<div class="photo"><span><img alt="vol23-02.jpg" src="http://www.donorsnet.jp/vol23-02.jpg" width="250" height="200" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span>
<p class="cap">試写会での活動風景</p>
</div>
</div>
</div>
<div class="pageBlock">
<div class="mainBlock">
<p><span class="txtBold">大野さん</span>　私は高校生の時に、偶然見たテレビの番組で骨髄バンクのことを知りました。白血病の子供が骨髄移植でしか助かる方法がなく、ドナーが見つからずに亡くなってしまうというもので、母と一緒に悲しくて泣いてしまいました。少しでも私にできることがないかとインターネットで調べていました。</p>
<p><span class="txtBold">林さん</span>　私もテレビのニュースやCMなどを見て、「骨髄バンク」という言葉は知っていましたが、どういうことをするのかは今まで詳しく知りませんでした。</p>
<p><span class="txtBold">大野さん</span>　この映画を見て、家族の絆が大事だということを改めて感じました。患者である長女ケイトが闘病生活を送っている中で家族の葛藤を描いたシーンでは、胸が熱くなりました。私たちは、ちょっとした勇気で人を助けることができます。映画鑑賞を通じて、人の命の大切さを再認識し、背中を押してもらったような気がします。</p>
<p><span class="txtBold">林さん</span>　私も映画を見てとても感動し、涙が止まりませんでした。ガールスカウトを通じて、老人ホームの訪問や募金活動などのボランティア活動をしていましたが、私が直接人の命を助けられるボランティアがあることを知りました。映画を薦めることを第一歩に、周りの人に骨髄バンク、骨髄移植、ドナー登録について知ってもらい、考えてもらい、そして一歩を踏み出す機会を提供していきたいと思います。また、骨髄バンクのボランティアをする機会があったら、是非参加したいと思います。</p>
<div class="photo">
<span><img alt="vol23-3.jpg" src="http://www.donorsnet.jp/vol23-3.jpg" width="250" height="200" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span><p class="cap">たくさんの方に募金していただきました</p>
</div>
</div>
</div>]]>
<![CDATA[<div class="pageBlock">
<div align="center">----------</div>
[プロフィール]<br />
おおの・あづさ／1988年生まれ。大学生でガールスカウトを通じてボランティア活動をする<br>
はやし・はるか／1985年生まれ。小学校の授業補助指導員でガールスカウトを通じてボランティア活動をする<br>
<div align="center">----------</div>
<br />
「私の中のあなた」ストーリー
13歳のアナ（アビゲイル・ブレスリン）は、白血病を患う姉・ケイトに臓器を提供するドナーとして、遺伝子操作によって生まれたデザインベイビーだった。彼女は、輸血や骨髄移植など様々な犠牲を強いられてきたが、ケイトの病状は一進一退。アナは「もう姉のために手術を受けるのは嫌」と弁護士を雇い訴訟を起こす。「自分の身体は自分で守りたい」と両親を訴えるアナ。ケイトを最優先に考え、アナに迫る母親（キャメロン・ディアス）、何も出来ない父親、非行に走る兄、そしてアナの協力がなければ死んでしまう姉。アナと家族の戦いが始まった――。実話を基に著したベストセラー「わたしのなかのあなた」を原作にしたヒューマン・ドラマ。</div><br>
<div align="center">----------</div>
<div class="pageBlock">
大野さん：私がガールスカウトを始めたきっかけは、友達を作るきっかけになればと母が薦めてくれ、見学に行ったところとても楽しそうで迷うことなく入りました。<br>
林さん：私は小学生の時にガールスカウトに入りました。そのころからアウトドアがとても好きで、友達がキャンプに行っていることが羨ましかったんです。ガールスカウトはアウトドア活動も盛んでしたので。<br>
<div class="pageBlock">
大野さん：私は高校生の時に、偶然見たテレビの番組で骨髄バンクのことを知りました。白血病の子供が骨髄移植でしか助かる方法がなく、ドナーが見つからずに亡くなってしまうというもので、母と一緒に悲しくて泣いてしまいました。少しでも私にできることがないかとインターネットで調べていました。</br>
林さん：私もテレビのニュースやCMなどを見て、「骨髄バンク」という言葉は知っていましたが、どういうことをするのかは今まで詳しく知りませんでした。</br>
大野さん：この映画を見て、家族の絆が大事だということを改めて感じました。患者である長女ケイトが闘病生活を送っている中で家族の葛藤を描いたシーンでは、胸が熱くなりました。私たちは、ちょっとした勇気で人を助けることができます。映画鑑賞を通じて、人の命の大切さを再認識し、背中を押してもらったような気がします。</br>
林さん：私も映画を見てとても感動し、涙が止まりませんでした。ガールスカウトを通じて、老人ホームの訪問や募金活動などのボランティア活動をしていましたが、私が直接人の命を助けられるボランティアがあることを知りました。映画を薦めることを第一歩に、周りの人に骨髄バンク、骨髄移植、ドナー登録について知ってもらい、考えてもらい、そして一歩を踏み出す機会を提供していきたいと思います。また、骨髄バンクのボランティアをする機会があったら、是非参加したいと思います。</div>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>Vol.22：戸田浩司さん</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/interview/003440.php" />
<id>tag:www.donorsnet.jp,2009://1.3440</id>
<published>2009-10-01T07:14:42Z</published>
<updated>2009-10-06T00:24:03Z</updated>
<summary>『骨髄バンク8万人登録運動』のきっかけとなった戸田浩司さんが、読売巨人軍の「骨髄バンクシリーズ」で始球式を務めました！戸田さんは血液の病気で骨髄移植を必要としており、骨髄バンク支援をお願いする手紙を巨人軍ことが出したことがこのような骨髄バンク支援のきっかけとなりました。
高知大学の元野球部でピッチャーとして大学リーグなどで活躍しており、みごとなサイドスローを見せていただきました！</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="この人にインタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<div class="pageBlock">
<div class="subBlock">
<h3><img src="<mt:BlogUrl />common/images/head_profile.gif" alt="プロフィール" width="39" height="9" /></h3>
<dl class="txtBlock">
<dt>戸田浩司（とだこうじ）</dt>
<dd>1986年生まれ。高知県出身。土佐中・高校の野球部で活躍し、進学した高知大学でも野球部に入部し活躍。しかし、2005 年EB ウイルス感染が原因の血液腫瘍を発症。自らの呼びかけで、当時目標だったドナー登録者30万人が8万人で達成となることから『骨髄バンク8万人登録運動』が始まった。この運動は、日本の教育・スポーツ・文化・マスコミ等各界の共感を得て全国に広り、ドナー登録者の増加につながったが、一致するドナーは現れなかった。そのため、弟から「末梢血造血幹細胞移植」を受ける。移植に伴うGVHD（免疫拒絶反応）の壮絶な闘いを経て退院し、復学。<dd>
</dl>
</div>
<div class="mainBlock">
<p>大学一年の夏、大学のリーグ戦が始まって次の日先発予告されていた前日に熱が出て具合が悪くなりました。たまたま次の日が雨が降って、一週間試合が延びたんです。初めは風邪だと思い、登板する試合まで一週間あるから熱くらい治るだろうと思っていました。なかなか回復せず病院に行ったところ、すぐ入院と言われました。病名は「慢性活動性EBウイルス感染症」です。「テレビみたいなことがあるんだな・・・」としばらくは自分の事とは思えませんでした。</p>
<p>僕の病気は日本国内では症例があまりない珍しい病気で、治療データも数少なく、まだ分かっていないことも数多くありました。そんな病気になり、自分のことを「なんて運の悪い奴なんだ・・・」と思いました。抗がん剤と免疫抑制剤で治療していたのですが、完治するには骨髄移植が必要でした。治療はほとんど白血病と同じで、大量の薬を投与するので、顔はパンパンにはれてしまい、髪の毛は抜け落ちました。</p>
<p>骨髄バンクでドナーを探しましたが、HLA型が合う人は見つかりませんでした。「僕は助からないけど、他の誰かを救ってほしい」という気持ちからドナー登録を広める活動を友達から始めました。そして僕の周りの人も賛同してくださり、徐々に輪は広がっていきました。当時（2005年12月）あと8万人の登録があれば骨髄移植を希望する患者さんにドナーが見つかるとされる数、30万人に達するということから、「骨髄バンク8万人登録運動」が始まりました。</p>
<p>当初はこの運動がこんなに大きなものになるとは想像していませんでしたが、スポーツ・文化・マスコミの皆さんの共感を得て、日本中に広まっていきました。そんな中、僕はベットの上に寝て見守ることしかできず、申し訳ない思いで一杯でした。</p>
<div class="photo"><span><img alt="vol22-2.jpg" src="http://www.donorsnet.jp/photo/interview/vol22-2.jpg" width="250" height="200" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span></div>
</div>
</div>
<div class="pageBlock">
<div class="mainBlock">
<p>残念ながら、登録者が増えても骨髄バンクのドナー登録者の中には僕のHLA型と完全一致の人はいませんでした。僕のHLA型はポピュラーではないみたいです。結局弟から移植をすることに決まりましたが、白血球の型は半分しか合っていなかったので骨髄移植はできず、※末梢血幹細胞移植（PBSCT）をすることになりました。移植自体は注射で点滴の管からチュッといれるだけで５分くらいのもので、なんともあっけなく終わりました。移植後、５～６ヵ月月でやっと通常の生活に戻れるようになりましたが、入院生活は約１年にもなりました。移植後の拒絶反応（GVHD）は以外に少なかったのですが、皮膚に出て顔がドロドロになり、膿がでて垂れてくる状態でした。</p>
<p>先生からは、移植をしたら今まで通り激しいスポーツはできないと言われていたので、野球することは諦めていました。退院後、大好きな野球を諦めきれず、大学の野球部にもどることにしました。初めは純粋にプレーすることを楽しんでいましたが、選手に復帰するとやはり試合に出たいと思うようになってきました。復活登板として試合に出たのをきっかけに、レギュラーとして復帰することができました。</p>
<p>現在、高知で骨髄バンクの説明員としてドナー登録会で活動しています。自分はもうドナー登録できませんが、少しでも多くの方に登録してもらえるようにこれからも自分の体験を語ったりして活動の場を広げていきたいと思っています。
今後この病気を通して感じたこと、人の優しさ、友達の大切さ、命の重み、そして今をしっかり生きるということを、教師になって子供達に伝えていきたいです。将来の夢は母校の土佐高校で甲子園を目指し、子供達を連れて行ってあげることです。
</p>
<div class="photo"><span><img alt="vol22-3.jpg" src="http://www.donorsnet.jp/vol22-3.jpg" width="250" height="200" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span></div>
</div>
</div>]]>
<![CDATA[<div class="pageBlock">
<div align="center">----------</div>
[プロフィール]<br />
とだこうじ／1986年生まれ。高知県出身。土佐中・高校の野球部で活躍し、進学した高知大学でも野球部に入部し活躍。しかし、2005 年EB ウイルス感染が原因の血液腫瘍を発症。自らの呼びかけで、当時目標だったドナー登録者30万人が8万人で達成となることから『骨髄バンク8万人登録運動』が始まった。この運動は全国に広り、ドナー登録者の増加につながったが、一致するドナーは現れなかった。そのため、弟から「末梢血造血幹細胞移植」を受ける。移植に伴うGVHD（免疫拒絶反応）の壮絶な闘いを経て退院し、復学。
<div align="center">----------</div>
<br />
大学一年の夏、大学のリーグ戦が始まって次の日先発予告されていた前日に熱が出て具合が悪くなりました。たまたま次の日が雨が降って、一週間試合が延びたんです。初めは風邪だと思い、登板する試合まで一週間あるから熱くらい治るだろうと思っていました。なかなか回復せず病院に行ったところ、すぐ入院と言われました。病名は「慢性活動性EBウイルス感染症」です。「テレビみたいなことがあるんだな・・・」としばらくは自分の事とは思えませんでした。の病気は日本国内では症例があまりない珍しい病気で、治療データも数少なく、まだ分かっていないことも数多くありました。そんな病気になり、自分のことを「なんて運の悪い奴なんだ・・・」と思いました。抗がん剤と免疫抑制剤で治療していたのですが、完治するには骨髄移植が必要でした。治療はほとんど白血病と同じで、大量の薬を投与するので、顔はパンパンにはれてしまい、髪の毛は抜け落ちました。<br />
</div>
<br />
<div class="pageBlock">
骨髄バンクでドナーを探しましたが、HLA型が合う人は見つかりませんでした。「僕は助からないけど、他の誰かを救ってほしい」という気持ちからドナー登録を広める活動を友達から始めました。そして僕の周りの人も賛同してくださり、徐々に輪は広がっていきました。当時（2005年12月）あと8万人の登録があれば骨髄移植を希望する患者さんにドナーが見つかるとされる数、30万人に達するということから、「骨髄バンク8万人登録運動」が始まりました。当初はこの運動がこんなに大きなものになるとは想像していませんでしたが、スポーツ・文化・マスコミの皆さんの共感を得て、日本中に広まっていきました。そんな中、僕はベットの上に寝て見守ることしかできず、申し訳ない思いで一杯でした</div>
<br />
<div class="pageBlock">
残念ながら、登録者が増えても骨髄バンクのドナー登録者の中には僕のHLA型と完全一致の人はいませんでした。僕のHLA型はポピュラーではないみたいです。結局弟から移植をすることに決まりましたが、白血球の型は半分しか合っていなかったので骨髄移植はできず、※末梢血幹細胞移植（PBSCT）をすることになりました。移植自体は注射で点滴の管からチュッといれるだけで５分くらいのもので、なんともあっけなく終わりました。移植後、５～６ヵ月月でやっと通常の生活に戻れるようになりましたが、入院生活は約１年にもなりました。移植後の拒絶反応（GVHD）は以外に少なかったのですが、皮膚に出て顔がドロドロになり、膿がでて垂れてくる状態でした。先生からは、移植をしたら今まで通り激しいスポーツはできないと言われていたので、野球することは諦めていました。退院後、大好きな野球を諦めきれず、大学の野球部にもどることにしました。初めは純粋にプレーすることを楽しんでいましたが、選手に復帰するとやはり試合に出たいと思うようになってきました。復活登板として試合に出たのをきっかけに、レギュラーとして復帰することができました</div>
<div class="pageBlock">
現在、高知で骨髄バンクの説明員としてドナー登録会で活動しています。自分はもうドナー登録できませんが、少しでも多くの方に登録してもらえるようにこれからも自分の体験を語ったりして活動の場を広げていきたいと思っています。
今後この病気を通して感じたこと、人の優しさ、友達の大切さ、命の重み、そして今をしっかり生きるということを、教師になって子供達に伝えていきたいです。将来の夢は母校の土佐高校で甲子園を目指し、子供達を連れて行ってあげることです。
</div>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>Q22：検査が新たに追加されることになりますが、患者さんの金銭的負担は増えないのでしょうか？</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/qa/003391.php" />
<id>tag:www.donorsnet.jp,2009://1.3391</id>
<published>2009-07-10T05:32:46Z</published>
<updated>2009-07-10T05:34:32Z</updated>
<summary>検査が新たに追加されることになりますが、患者さんの金銭的負担は増えないのでしょう...</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="骨髄バンクQ＆A" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<p id="qaA">患者負担金はありません。</p>
<p>新規ドナー登録時とドナー確認検査時のHLA‐C座検査については、登録ドナーリタイ
ピング検査業務として日本赤十字社で行われますので、HLA‐A、B、DR座と同様に患者負
担金はありません。
</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>Q21：今まで登録していたHLA‐C座データを持たないドナーはどうなるのですか？</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/qa/003390.php" />
<id>tag:www.donorsnet.jp,2009://1.3390</id>
<published>2009-07-10T05:23:41Z</published>
<updated>2009-07-10T05:30:35Z</updated>
<summary>今まで登録していたHLA‐C座データを持たないドナーはどうなるのですか？...</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="骨髄バンクQ＆A" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<p id="qaA">適合後の確認検査時に検査を実施します。</p>
<p>患者さんとの適合検索でドナー候補となった場合、確認検査時に他の検査と併せてHLA‐C座検査を実施しますので、改めて登録窓口で採血し、再登録する必要はありません。
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>Q20：どうして今までHLA‐C座を調べていなかったのに、調べることになったのですか？</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/qa/003388.php" />
<id>tag:www.donorsnet.jp,2009://1.3388</id>
<published>2009-07-10T05:08:48Z</published>
<updated>2009-07-10T05:21:57Z</updated>
<summary>どうして今までHLA‐C座を調べていなかったのに、調べることになったのですか？...</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="骨髄バンクQ＆A" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<p id="qaA">より早い段階で患者さんが希望するドナー候補者を決めることができるからです。</p>
<p>骨髄バンクが稼動し始めた当初の見解では、HLA‐C座は骨髄移植にはさほど重要と考えられていなかったのですが、骨髄バンクを通じて移植した患者とドナーのペアのHLAの適合度と移植の成績を解析した結果、HLA‐C座の適合度によっては（重症のGVHD（ドナーの幹細胞からできるリンパ球が移植を受けた患者のからだを攻撃する反応）を起こし、）移植成績に悪影響を及ぼすことがわかってきたためです。</p>
<p>また、ドナー登録時にHLA‐C座を検査することにより、ドナーが検索された時点で患者さんとの適合状況がわかり、早い段階で患者さんが希望するドナー候補者を決めることができるため、コーディネート期間の短縮が見込まれます。
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>Q19：HLAの座とはなんですか？</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/qa/003386.php" />
<id>tag:www.donorsnet.jp,2009://1.3386</id>
<published>2009-07-10T04:46:00Z</published>
<updated>2009-07-10T05:15:58Z</updated>
<summary>HLAの座とはなんですか？...</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="骨髄バンクQ＆A" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<p id="qaA">HLAは白血球の血液型です。</p>
<p>HLAは「白血球の血液型」で、ヒトの第６染色体の短腕部に遺伝子があり、「自分と他者」を識別するという免疫の機能を持っています。赤血球にA、B、O、AB型などがあるように、HLAには「A座」「B座」「C座」「D座」「DR座」などがあります。</p>
<p>これまで、骨髄バンクでは３座（HLA‐A、B、DR座）を調べていましたが、今後はHLA‐C座もドナー登録時から調べることとなりました。（８月検査実施分より）
</p>
]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>Vol.21：青野 慶久さん</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/interview/003373.php" />
<id>tag:www.donorsnet.jp,2009://1.3373</id>
<published>2009-07-07T22:57:38Z</published>
<updated>2009-07-08T00:44:17Z</updated>
<summary>サイボウズ株式会社・代表取締役社長の青野慶久さんは昨年の夏に骨髄提供しました。そのときの体験からみんなで助け合うことが必要だと強く感じたそうです。提供後には会社としての支援がスタートし、これまでにイベントの協賛やクリック募金などでご協力いただいています。「今後も骨髄バンクを応援していきたい」とお申し出をいただき、ますます支援の輪が広がっています！</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="この人にインタビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<div class="pageBlock">
<div class="subBlock">
<h3><img src="<mt:BlogUrl />common/images/head_profile.gif" alt="プロフィール" width="39" height="9" /></h3>
<dl class="txtBlock">
<dt>青野 慶久（あおのよしひさ）</dt>
<dd>1971年生まれ。愛媛県出身。グループウエアと呼ばれる業務用ソフトウエアを開発・販売するサイボウズ株式会社・代表取締役社長。1997年に同僚3人とサイボウズを設立、取締役副社長に就任。2005年4月から現職。<dd>
</dl>
</div>
<div class="mainBlock">
<p>確かテレビか何かで骨髄バンクのことを見て、ドナー登録しました。今から14年ぐらい前で、まだ骨髄バンクができたばかりのころだったと記憶しています。登録するために献血ルームに行くと、まずビデオを見せてもらいました。採取のシーンが映っていて、結構、怖いなぁって思いましたね</p>
<p>適合の連絡は、提供したときを含めて3回です。10年間まったく声がかからなかったので、適合通知が来たときに不思議な感じはありました。1回目が4年ぐらい前で、確認検査を受けた後で終了になりました。それから2年ぐらい経って、もう一回来ましたが、これも終了。型が合ってもなかなか提供まではいかないものなんだなぁと思っていたところ、3回目はトントンと話が進んで、2008年の8月に提供しました。</p>
<p>妻もドナー登録をしていたので、「よかったね」とまったく反対はありませんでした。むしろ「いいわね、あなただけ」とうらやましがられたぐらいです。社内では「登録しているんだ」と言う機会もなかったので、ドナー登録していることを知っている人はほとんどいなかったでしょうね。取締役会に報告したときは、リスクがどのぐらいあるのか突っ込まれましたけど、骨髄バンクからいただいた資料などできちんと説明をしたので、とくに反対は無かったです。</p>
<p>登録してからずっと提供するつもりでいたので、心構えはできていました。そこは揺らぐことはなかったです。でも、入院経験もないですし、不安は不安でしたけどね。病院では4人部屋で、私以外はすべて血液の病気で入院している患者さんでした。一人の患者さんには土曜日になるとお子さんがお見舞いに来て、「お父さん！」ってグローブとバッドを持って駆け寄ってくるんですよ。子供たちのためにも、早く治ってほしいですよね。闘病している姿を目の当たりにして、怖かった気持ちが無くなり、勇気が湧いてきました。骨髄を提供することでどこかにいる患者さんを助けてあげられるかもしれないんですから。自分が（提供時に）針を刺されて、痛かったらどうしようなんて、小さいことに思えてきました。</p>
<p>採取後は、腰の辺りが重い感じはありましたけど、傷口が痛むことはなかったです。麻酔の副作用もなく、病院の先生には「こんなに目覚めのいい人はめずらしい」と言われたぐらいです。目が覚めてからすぐにベッドでピースサインをして写真を撮ってもらいました。入院中はおかげさまで快適に過ごすことができ、パソコンを持ち込んで仕事もできました。入院は3泊4日で、退院した日の午後から出社しました。今は提供してから1年経っていないので、保留の状態ですが、時期が来れば解除し、もしもまたお役に立てるのであれば喜んでお引き受けします。</p>
</div>
</div>
<div class="pageBlock">
<div class="mainBlock">
<p>私の骨髄提供がきっかけで、会社としても骨髄バンクを支援していくことになりました。昨年は藤川球児投手（阪神タイガース）の野球教室やシンポジウムのイベントに協賛をしました。サイボウズはグループウェアというソフトを作っている会社ですが、まさに骨髄バンクの発想と同じだと考えています。私も今はドナー登録していますけど、当然、病気になって骨髄移植が必要になる可能性だってあるわけですよね。まさにギブアンドテイク、助け合い、チームワーク。そのコンセプトは会社として共感できます。今年の3月～4月にかけて行ったクリック募金は、「私にも何かできることはないか」と社員から提案がありました。こうやって社内からも支援が広がり、とても嬉しいですね。</p>
<p>また、この機会に社員が骨髄を提供する場合の休暇制度の導入が決定されています。まだ制度としては整えられていないので、いずれきちんと決めたいと思っています。会社を休みにくい方もいらっしゃるでしょうけど、上司が骨髄提供の仕組みについて理解していないとか、そもそも骨髄バンク自体がよくわからないだけなのでは。骨髄提供はまだまだメジャーなことではないですし、人事の担当者でも「何ですか、それは？」と言うことになってしまうのかもしれません。その辺は説明すれば、理解してもらえるのではないでしょうか。</p>
<p>これからも骨髄バンクへの支援は続けていくつもりです。あまりたいしたことはできないですけど、個人としても会社としてもできることから始めていきます。</p>
<div class="photo"><span><img alt="vol21-2.jpg" src="http://www.donorsnet.jp/photo/interview/vol21-2.jpg" width="250" height="230" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span></div>
</div>
</div>]]>
<![CDATA[<div class="pageBlock">
<div align="center">----------</div>
[プロフィール]<br />
あおの よしひさ／1971年生まれ。愛媛県出身。グループウエアと呼ばれる業務用ソフトウエアを開発・販売するサイボウズ株式会社・代表取締役社長。1997年に同僚3人とサイボウズを設立、取締役副社長に就任。2005年4月から現職。
<div align="center">----------</div>
<br />
確かテレビか何かで骨髄バンクのことを見て、ドナー登録しました。今から14年ぐらい前で、まだ骨髄バンクができたばかりのころだったと記憶しています。登録するために献血ルームに行くと、まずビデオを見せてもらいました。採取のシーンが映っていて、結構、怖いなぁって思いましたね。<br>適合の連絡は、提供したときを含めて3回です。10年間まったく声がかからなかったので、適合通知が来たときに不思議な感じはありました。1回目が4年ぐらい前で、確認検査を受けた後で終了になりました。それから2年ぐらい経って、もう一回来ましたが、これも終了。型が合ってもなかなか提供まではいかないものなんだなぁと思っていたところ、3回目はトントンと話が進んで、昨年の8月に提供しました。<br>妻もドナー登録をしていたので、「よかったね」とまったく反対はありませんでした。むしろ「いいわね、あなただけ」とうらやましがられたぐらいです。社内では「登録しているんだ」と言う機会もなかったので、ドナー登録していることを知っている人はほとんどいなかったでしょうね。取締役会に報告したときは、リスクがどのぐらいあるのか突っ込まれましたけど、骨髄バンクからいただいた資料などできちんと説明をしたので、とくに反対は無かったです。<br />
</div>
<br />
<div class="pageBlock">
登録してからずっと提供するつもりでいたので、心構えはできていました。そこは揺らぐことはなかったです。でも、入院経験もないですし、不安は不安でしたけどね。病院では4人部屋で、私以外はすべて血液の病気で入院している患者さんでした。一人の患者さんには土曜日になるとお子さんがお見舞いに来て、「お父さん！」ってグローブとバッドを持って駆け寄ってくるんですよ。子供たちのためにも、早く治ってほしいですよね。闘病している姿を目の当たりにして、怖かった気持ちが無くなり、勇気が湧いてきました。骨髄を提供することでどこかにいる患者さんを助けてあげられるかもしれないんですから。自分が（提供時に）針を刺されて、痛かったらどうしようなんて、小さいことに思えてきました。<br>採取後は、腰の辺りが重い感じはありましたけど、傷口が痛むことはなかったです。麻酔の副作用もなく、病院の先生には「こんなに目覚めのいい人はめずらしい」と言われたぐらいです。目が覚めてからすぐにベッドでピースサインをして写真を撮ってもらいました。入院中はおかげさまで快適に過ごすことができ、パソコンを持ち込んで仕事もできました。入院は3泊4日で、退院した日の午後から出社しました。今は提供してから1年経っていないので、保留の状態ですが、時期が来れば解除し、もしもまたお役に立てるのであれば喜んでお引き受けします。
</div>
<br />
<div class="pageBlock">
私の骨髄提供がきっかけで、会社としても骨髄バンクを支援していくことになりました。昨年は藤川球児投手（阪神タイガース）の野球教室やシンポジウムのイベントに協賛をしました。サイボウズはグループウェアというソフトを作っている会社ですが、まさに骨髄バンクの発想と同じだと考えています。私も今はドナー登録していますけど、当然、病気になって骨髄移植が必要になる可能性だってあるわけですよね。まさにギブアンドテイク、助け合い、チームワーク。そのコンセプトは会社として共感できます。今年の3月～4月にかけて行ったクリック募金は、「私にも何かできることはないか」と社員から提案がありました。こうやって社内からも支援が広がり、とても嬉しいですね。<br>また、この機会に社員が骨髄を提供する場合の休暇制度の導入が決定されています。まだ制度としては整えられていないので、いずれきちんと決めたいと思っています。会社を休みにくい方もいらっしゃるでしょうけど、上司が骨髄提供の仕組みについて理解していないとか、そもそも骨髄バンク自体がよくわからないだけなのでは。骨髄提供はまだまだメジャーなことではないですし、人事の担当者でも「何ですか、それは？」と言うことになってしまうのかもしれません。その辺は説明すれば、理解してもらえるのではないでしょうか。<br><br>これからも骨髄バンクへの支援は続けていくつもりです。あまりたいしたことはできないですけど、個人としても会社としてもできることから始めていきます。
</div>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>Q18：ドナー登録をしています。先日、バンクニュースが送られてきたのですが、引っ越しをしたため、転送されてきました。住所変更はどのようにすればいいですか？（A.Tさん）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/qa/000192.php" />
<id>tag:donorsnet.jp,2009://1.192</id>
<published>2009-06-02T13:10:11Z</published>
<updated>2009-06-02T13:30:02Z</updated>
<summary>ドナー登録をしています。先日、バンクニュースが送られてきたのですが、引っ越しをし...</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="骨髄バンクQ＆A" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<p id="qaA">必ずお手続きをお願いします。</p>
<p>住所変更は登録している骨髄データセンターもしくは中央骨髄データセンターへハガキかFAXでご連絡ください。A.Tさんのお手元にもあると思いますが、骨髄バンクニュースに同封されている「変更届」をお使いください。また、中央骨髄データセンターのホームページからも変更できます。</p>
<p>中央骨髄データセンターのホームページ<br />
<a href="http://www.bmdc.jrc.or.jp/" target="_blank">http://www.bmdc.jrc.or.jp/</a></p>
<p>患者さんがみつかった場合、JMDP（骨髄移植推進財団）より郵送物がご自宅に届きます。
そのため住所変更のご連絡がないと、患者さんと適合したことをお伝えできなくなります。</p>
<p>引っ越しの際は、いろいろなお手続きで大変だと思いますが、ドナーさんの登録情報の変更も忘れずにお願いいたします。</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>Q17：ドナー登録したいと思っていろいろ調べていたところ、イギリスに滞在したことがある人は骨髄提供できないとありました。私は1997年夏より1年間イギリスに滞在していました。登録したとしても提供できないのなら、あまり意味がないですよね？少しでもできることがあれば...と思いますが、どうなのでしょうか。（S・Iさん）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/qa/000191.php" />
<id>tag:donorsnet.jp,2009://1.191</id>
<published>2009-06-02T13:07:37Z</published>
<updated>2009-06-02T13:09:37Z</updated>
<summary>ドナー登録したいと思っていろいろ調べていたところ、イギリスに滞在したことがある人...</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="骨髄バンクQ＆A" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<p id="qaA">ドナー登録可能です。</p>
<p>ドナー登録へのお気持ち、まことにありがとうございます。</p>
<p>S・Iさんのおっしゃるとおり、これまでは1980年以降
・ ＢＳＥが発生した欧州10カ国に通算６カ月以上
・ 英国の滞在期間が通算１カ月以上
どちらかに該当するドナーについては、骨髄提供ができないとされていました。</p>
<p>しかしながら、今年５月に行われた造血細胞移植委員会において、欧州滞在歴があるドナーからの骨髄提供は原則として見合わせますが、骨髄移植における緊急性、代替性を考慮し検討した結果、当分の間、骨髄提供者に欧州滞在歴があっても、変異型クロイツフェルトヤコブ病および骨髄移植に伴う感染リスクについて移植医から十分な説明を受けた上で、患者さんがドナーから骨髄提供を受けることを希望する場合は、提供可能とされました。</p>
<p>したがって、S・Iさんもドナー登録可能ですし、登録はけっして意味のないことではありません。</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>Q16：先日、患者さんがみつかったという案内がきました。いまは事情があって提供できないので、申し訳なかったのですが辞退させていただきました。お断りしたものの、患者さんのことがどうしても気になります...。ほかに提供者がいらっしゃったのか、教えてもらうことはできませんか？（Kさん）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/qa/000190.php" />
<id>tag:donorsnet.jp,2009://1.190</id>
<published>2009-06-02T13:05:44Z</published>
<updated>2009-06-02T13:17:01Z</updated>
<summary>先日、患者さんがみつかったという案内がきました。いまは事情があって提供できないの...</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="骨髄バンクQ＆A" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<p id="qaA">患者さんの状況をお知らせすることはできません。</p>
<p>現在では、８割以上の患者さんに複数のドナー候補者の方がみつかり、多くの場合、複数のドナーさんのコーディネートが同時に進められます。</p>
<p>ただし、おひとりの患者さんにドナーが何人いらっしゃるかは、ドナーコーディネート担当者には知らされません。したがいまして、ドナーさんに患者さんの状況をお知らせすることができません。</p>
<p>骨髄バンクは、『公平性・公共性・広域性』が基本理念です。
ドナーの方の自由意思を尊重するため、コーディネーターなど、ドナーコーディネート担当者にも患者さんの病状や他のドナーの進行状況は知らされません。すべての登録患者さんに等しくドナーを仲介しようとする部門が個々の患者さんの状況を把握してしまうと、間違えば担当者によって強制や誘導が行われる恐れがあります。その場合、ドナーの方に大きなご負担をおかけしたり、自由意思を確保できず公平性を保つことが困難になってしまう恐れがあるからです。</p>
<p>ご理解いただけますようお願いするとともに、あたたかいお気持ちに感謝申し上げます。</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>Q15：ドナー登録しようか、まだ迷っています。骨髄バンクでは、提供は２回までと決まっているようですが、たとえば２回提供してしまったら、身内や身近な周りの人が発症したとき、もし自分と適合したとしても提供できないんですか？（M.Eさん）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/qa/000189.php" />
<id>tag:donorsnet.jp,2009://1.189</id>
<published>2009-06-02T13:04:28Z</published>
<updated>2009-06-02T13:16:02Z</updated>
<summary>ドナー登録しようか、まだ迷っています。骨髄バンクでは、提供は２回までと決まってい...</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="骨髄バンクQ＆A" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<p id="qaA">血縁間の骨髄移植であれば、可能と思われます。</p>
<p>骨髄液は採取しても数週間で元の量に戻りますし、造血機能も回復します。医学的には何度でも提供は可能と考えられます。日本の骨髄バンクでは現在、提供は２回までとしていますが、２回目の骨髄提供から３年以上経過した後にドナーのご意思があれば３回目の骨髄提供を可能とする方針が決定し、実施に向けて準備をしています。</p>
<p>「２回または３回」という回数に特段の根拠はありません。しかし骨髄バンクは、ドナーの方の安全性を最大限確保しなければなりません。全身麻酔等による身体への影響を考慮したもので、「３回以上採取しても大丈夫」という医学的な確証が今のところないため、このような基準を設けているとお考えください。</p>
<p>したがって骨髄バンクで２回提供した後、「骨髄バンクを介した骨髄提供でなく、血縁者間の骨髄移植」であれば、提供は可能と思われます。</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>Q14：18歳からドナー登録ができるようになると聞きました。早速、親に相談したところ、登録は反対されてしまいました。私はどうしても登録したいと思っています。どうしたらいいですか？（M・Yさん　18歳）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.donorsnet.jp/qa/000188.php" />
<id>tag:donorsnet.jp,2009://1.188</id>
<published>2009-06-02T13:02:23Z</published>
<updated>2009-06-02T13:14:35Z</updated>
<summary>18歳からドナー登録ができるようになると聞きました。早速、親に相談したところ、登...</summary>
<author>
<name>管理者</name>
</author>
<category term="骨髄バンクQ＆A" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.donorsnet.jp/">
<![CDATA[<p id="qaA">３月１日からは、登録可能です。</p>
<p>今年の３月１日からは、18歳からドナー登録ができるようになり、登録時の家族同意も必要なくなります。M.Yさんも来月から登録ができます。</p>
<p>ただし、実際に患者さんとHLA型の適合検索を行うのは、20歳からです。提供はご本人が単独で法律行為を行える成人に達しているのが望ましいことから、18歳で登録されたとしても、20歳までは適合検索は行いません。</p>
<p>また、登録のときには必要のない家族の同意も、提供時にはこれまでどおり不可欠です。骨髄提供の直前に、ご家族の強い反対でドナーが同意を撤回すると、患者さんは致命的なリスクを負います。そうした最悪の事態を招かないためにも、家族の同意をお願いしています。実際にM.Yさんが提供できる年齢になるまでには、まだ時間があります。それまでにご家族の方々に骨髄バンクのパンフレットなどを見てもらい、骨髄提供について正しく理解していただくことが重要だと思います。そのうえで、ご両親とよく話し合っていただきたいのです。骨髄提供はドナーさんご本人のお気持ちはもちろんのこと、ご家族のご理解があって、はじめて実現するものとお考えください。</p>]]>
</content>
</entry>
</feed>