スマートフォン版へ

 

QRコード
YouTube
YouTube

この人にインタビュー

Vol. 18

永田琴さん
Vol.18:永田琴さん

映画『Little DJ~小さな恋の物語~』は、ラジオが現在以上にリスナーへの影響力を持っていた1977年が舞台となっています。物語の主人公は白血病で海辺の病院に入院することになった12歳の太郎。治療の一環として院内放送のDJを始めたことにより、病院で出会った人と交流を深め、想いを伝えることの大切さを学んでいく――。2007年12月15日からロードショー、お正月映画として注目度が高い『Little DJ』の監督を務めた永田琴さんに公開直前の想いを語っていただきました!

もともとは秋ぐらいに公開する話だったので、日にちが決まると「いよいよ」ですね。あっさりしているかもしれないですが、公開は楽しみという一言に尽きます。製作の過程での苦労はたくさんありますが、物語の舞台は病院なので、病気に関することは慎重になりました。例えば、主人公の太郎は白血病ですが、どんな病気でどんな病状なのか徹底的に調べました。撮影が始まったばかりのころ、点滴の方法を間違えていたことがあって、結構、現場ではぴりぴりしていました。しかも30年前の話なので、治療法が間違っていないかを誰に確認したらいいのかわからず、本当の正解がどれなのか探し当てるのは、とても苦労しました。資料を病院の先生にいただいたんですが、古くなって紙も黄色くなっていたぐらいです。それを教科書のようにして、ひとつひとつ確認していきました。

この映画は実話を基にしていますが、実話部分というのは「ある病院でお昼の時間に音楽放送をしていたことが療養になる」という箇所だけです。脚本を読んだときは、「生きる」映画にしたいと思いました。ストーリーは悲しい内容でしたが、悲しみだけでだけ終わるのではなく太郎が生きた証を残せるような、生のエネルギーを感じる映画にしたかったんです。DJをすることが彼にとって、どのぐらい大きなものだったのか、彼が最後までやりたかったこと、生きがいとしていたことを描きたかったんですね。まだ12歳の小さい男の子の話ではありますが、作品のテーマである"想いを伝える大切さ"は大人にとってもむずかしい普遍的なことなので、多くの方に共感してもらえると思っています。

これまでに骨髄バンクの詳しい内容を知る機会はありませんでした。撮影に入ったぐらいのときに本田美奈子.さんの特集番組を見て、骨髄バンクがいかに大切かわかりました。本田美奈子.さんはドナーさんが見つかったけど、事情があって移植をすることができなかった。そのあともドナーさんがみつからなかったそうです。白血病について知る前は怖い病気というイメージでしたね。ドナーとか骨髄移植とか言葉は知っていましたけど、どうして骨髄移植で白血病が治るのかは、映画製作に入ってから勉強したことです。

骨髄バンクは身内だけでなく、知らない人の力を借りることで患者さんを助けることができるすごいシステムだと思いました。ドナー登録についても調べましたが、骨髄を提供することは自分だけの意思ではできないし、登録から提供までのステップもありますし、きちんと考えてから登録しないとならないことも理解できました。今ではいろいろな治療法もあるし、データもたくさん出ている、化学療法も良くなってきた、骨髄バンクもできて、助かる可能性があります。太郎が生きていた骨髄バンクのない時代を知れば知るほど、骨髄バンクが重要であると実感しました。

白血病はいつだれがなってもおかしくない病気です。太郎の時代では白血病を完治できるとは考えにくかったはずですが、病気と向き合って闘っていくことは今も昔も変わらないことだと思います。太郎の生き方、その家族、暖かく前向きになれる映画なので、多くの方に見ていただきたいです。私もこの映画を通じて、少しでも骨髄バンクに協力できれば嬉しいですね。

プロフィール

永田 琴(ながた こと)
1971年生まれ。関西学院大学在学中は、ダンスの振り付け、ステージの企画、構成などをするが、卒業後、映像制作に興味を持ち、岩井俊二監督作品をはじめ、多数の映画、TVドラマ、PV、CFで制作、助監督を務める。その後ディレクターとして企画・演出を始める。2004年、4つのストーリーからなる映画『恋文日和』の一篇「イカルスの恋人たち」を手掛けた後、2006年『渋谷区円山町』で長篇監督デビュー。『Little DJ~小さな恋の物語~』は長編2作目となる。
topへもどる