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この人にインタビュー

Vol. 22

戸田浩司さん
Vol.22:戸田浩司さん

『骨髄バンク8万人登録運動』のきっかけとなった戸田浩司さんが、読売巨人軍の「骨髄バンクシリーズ」で始球式を務めました!戸田さんは血液の病気で骨髄移植を必要としており、骨髄バンク支援をお願いする手紙を巨人軍に出したことがこのような骨髄バンク支援のきっかけとなりました。 高知大学の元野球部でピッチャーとして大学リーグなどで活躍しており、みごとなサイドスローを見せていただきました!

大学一年の夏、大学のリーグ戦が始まって次の日先発予告されていた前日に熱が出て具合が悪くなりました。たまたま次の日が雨が降って、一週間試合が延びたんです。初めは風邪だと思い、登板する試合まで一週間あるから熱くらい治るだろうと思っていました。なかなか回復せず病院に行ったところ、すぐ入院と言われました。病名は「慢性活動性EBウイルス感染症」です。「テレビみたいなことがあるんだな・・・」としばらくは自分の事とは思えませんでした。

僕の病気は日本国内では症例があまりない珍しい病気で、治療データも数少なく、まだ分かっていないことも数多くありました。そんな病気になり、自分のことを「なんて運の悪い奴なんだ・・・」と思いました。抗がん剤と免疫抑制剤で治療していたのですが、完治するには骨髄移植が必要でした。治療はほとんど白血病と同じで、大量の薬を投与するので、顔はパンパンにはれてしまい、髪の毛は抜け落ちました。

骨髄バンクでドナーを探しましたが、HLA型が合う人は見つかりませんでした。「僕は助からないけど、他の誰かを救ってほしい」という気持ちからドナー登録を広める活動を友達から始めました。そして僕の周りの人も賛同してくださり、徐々に輪は広がっていきました。当時(2005年12月)あと8万人の登録があれば骨髄移植を希望する患者さんにドナーが見つかるとされる数、30万人に達するということから、「骨髄バンク8万人登録運動」が始まりました。

当初はこの運動がこんなに大きなものになるとは想像していませんでしたが、スポーツ・文化・マスコミの皆さんの共感を得て、日本中に広まっていきました。そんな中、僕はベットの上に寝て見守ることしかできず、申し訳ない思いで一杯でした。

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プロフィール

戸田浩司(とだこうじ)
1986年生まれ。高知県出身。土佐中・高校の野球部で活躍し、進学した高知大学でも野球部に入部し活躍。しかし、2005 年EB ウイルス感染が原因の血液腫瘍を発症。自らの呼びかけで、当時目標だったドナー登録者30万人が8万人で達成となることから『骨髄バンク8万人登録運動』が始まった。この運動は、日本の教育・スポーツ・文化・マスコミ等各界の共感を得て全国に広り、ドナー登録者の増加につながったが、一致するドナーは現れなかった。そのため、弟から「末梢血造血幹細胞移植」を受ける。移植に伴うGVHD(免疫拒絶反応)の壮絶な闘いを経て退院し、復学。
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