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提供者さんインタビュー

Vol. 02

杉本はるみさん
Vol.02:杉本はるみさん

ドナー登録をしても、実際に骨髄提供ができるか否かは、ある種「運次第」というところがあります。まず自分のHLA型に適合する患者さんがいるか、いないかが問題。「早くドナーになってみたい!」と何年も願う人がいる一方、何度も適合通知をもらう幸運(!?)な人も......。今回はそんなラッキーな人のひとり、現在2度目のドナーコーディネート中という杉本はるみさんにお話をうかがいました。

ドナー登録のきっかけは?

新聞の家庭欄かなにかで取り上げられていた、ドナー体験をなさった方の記事を読んだんです。「あまり痛くなかった」とあったので、私にもできるんじゃないかと思って、すぐ電話番号を調べて登録しました。その時は「人の命を救おう!」なんて、だいそれた気持ちじゃなくて、私と同じ白血球の型を持つ人が、500人〜数十万人に1人の確率で存在するということや、自分の骨髄液が他の人の体の中で、新しい血液を作り出すことの不思議さに魅力を感じました。お金を出せばできる体験ではないし、多少痛くても大変でも「やれるもんなら、是非やってみたい!」と思ったんです。

最初の提供はどんな感じでしたか?

ドナー登録をして4年目の春、骨髄バンクから「重要」というハンコが押された大きめの封筒が届いたんです。中を見たら「適合しました」という通知と3次検査の案内。「私が選ばれたんだ!」って嬉しくて、友達に電話をかけまくってしましました(笑)。3次検査でまた採血があり、詳しい血液検査のあと最終的なドナーに選ばれるんですが、そうした検査ひとつひとつも、まるで学校の試験にパスするみたいな気分。ドナーは、担当のお医者さんやコーディネーターの方が決めるんじゃないと分かってはいるんですが、「是非私を!」ってアピールしてました(笑)。

入院や採取に関して不安はなかったですか?

まったくなかったです。3次検査のあと最終的にドナーになることが決まり、家族や弁護士を交えた「最終同意書」への署名で、提供の撤回はできなくなるんですが、私は「撤回するなんてもったいない!」という気持ちが強くて、一度もやめようとは考えませんでした。かえって、同席した家族のほうが緊張していたみたい。「最終同意」から提供までは、少しでもいい骨髄を提供したい気持ちから、レバーを食べたり牛乳飲んだり、自分の健康管理に気をつけました。コーディネーターの方からは「普段通りでいいんですよ」と言われていたんですが、自分の健康が患者さんにも影響すると思うと、気分はお腹に子どもがいるお母さんのような感じ。食事も「この一口は私の分、もう一口患者さんの分」というふうに食べていたら、ちょっと太ってしまいました(笑)。でもそんなふうに、まったく知らない人のことを気遣いながら生活するのが毎日楽しかったですよ。

骨髄提供の入院は、まったく健康体での入院でしたから不安はなかったですね。かえって腎臓移植をしたばかりの患者さんから「頑張ってくださいね」と励まされたり、お医者さんや看護婦さんの仕事ぶりを間近で見ることができて、いい経験になりました。

採取後の痛みはどうでしたか?

私の場合は軽かったようです。麻酔から覚めて最初に気になったのは、喉の痛み。これは麻酔中の気道確保のために入れていたチューブのせいで、しばらく咳が出たり痰がでたりしてました。次に気になったのは尿道カテーテルの気持ち悪さ。最後に「腰はどうなったんだろう?」と思ったら「あ、鈍痛がする」という感じで、ジワジワと重い感覚でした。でも体を動かすのには支障がなかったので、3泊4日の入院を1日繰り上げてもらって、3日目に退院。「安静にしていてください」と言われてはいたんですが、その晩にはカラオケに行ったりして(笑)、すぐ普段通りの生活に戻りましたね。

今年は2回目のドナーコーディネート。現在の心境は?

っぱり「私を選んでください!」という気持ちは変わりません。今、3次検査の結果待ちで「選んでもらえたらいいなぁ」と楽しみにしてます。今回もお医者さんやコーディネーターの方にアピールしてしまいました(笑)。2回目の入院や痛みは、前回とどんなふうに違うのかってことにも興味があるし。ドナーの年齢制限が来るまでのあいだに、チャンスがあったら何度でも提供してみたいですね。薬や注射ではなく、私自身の健康な骨髄液が人の命を救うという体験は、本当に得がたいものだと思いますから。ドナーをすることが珍しいことじゃなくて、献血みたいな感覚で誰もが気軽に応じられる日がくるといいなぁと思ってます。

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