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提供者さんインタビュー

Vol. 06

西山晃央さん
Vol.06:西山晃央さん

今回登場する西山晃央さんは、2年前に骨髄ドナーを経験。介護保険を受けるお年寄りや、障害を持った方へのデイサービスを行なうNPO団体を立ち上げ、福祉関連の仕事をしていらっしゃいます。現在48歳と、ドナーの年齢制限も間近ですが「適合する方がいるなら、また提供したいですね」と語ってくれました。

ドナー登録のきっかけは?

私の妻が白血病を経験したことですね。幸い妻は、兄弟のなかでドナーが見つかり移植ができたので、今は元気に社会復帰していますが、やはりそのときの体験が大きなきっかけになりました。登録したのは、妻が骨髄移植を受けて2年後ぐらいです。当初は、急に具合が悪くなって夜中に病院に担ぎ込むなんてことも度々あったので、「もう大丈夫だな」という時期まで待って登録したんです。あの頃は登録できる施設も限られていて、結構手間のかかるものだったので、本当に(ドナーを)集める気があるのかなと思ったことを覚えてますね(笑)。

患者の肉親として感じたことは?

妻が病気だとわかった当時、僕はちょうどサラリーマンを辞めて、別の生き方を考えていたときでした。そんなわけで、幸い蓄えもあったので闘病にずっとつきそうことができたんです。本当に大変な治療でしたよ。妻の治療で親しくなった看護婦さんから「移植を受ける状態に持っていく治療は、棺おけのなかに片足を突っ込むのと同じくらい、患者さんの身体にとっては大変なことなんですよ」と聞きましたし、また妻が入院していた病室には、まだ10代や20歳くらいの若い子も多くて、兄弟間で移植したのに助からなかった子もいたんですね。自分が同じくらいの年頃には、生きる死ぬなんてこと考えてなかったですからね。そういう子たちを間近で見ていたのが、やはり印象に残りました。

適合通知を受けた時の感想は?

登録しても、しばらくは連絡もなくて「変わり者だからダメなのかな」なんて思っていたんですが(笑)。99年に適合通知が来まして、7月の終わりに3次検査、最終的に提供が決定したのが8月の終わり、そして11月に採取でした。コーディネート期間としては早いほうだったかもしれません。でも移植は患者さんの状態にも左右されますからね。待っているほうとしては、長いと感じていたんじゃないかなと思います。

ドナーに決定して、気を使ったことは?

体調を維持しなければ、というプレッシャーが一番キツかったかな。コーディネーターの方から「ドナーになる方は、気持ちが高揚するせいなのか、いつもより危険なことをしてしまう傾向がある」と聞いたんですよ。サーファーの人だと、すごい波に挑戦して遭難騒ぎになったり、バイク乗りだといつもより危険なことをしてしまったりすることがあるんですって。僕もバイク乗りなので「気をつけてくださいね」と何度も何度も言われたのが記憶に残っています(笑)。

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