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提供者さんインタビュー

Vol. 08

林篠匡志さん
Vol.08:林篠匡志さん

林篠匡志(りんじょうまさし)さんは22歳の学生。昨年12月に骨髄ドナーを体験したばかりですが、実はその前にも適合通知をもらった経験があるそうです。「ドナーを体験して、自分が健康で過ごしてきたことは当たり前じゃないということを実感しました」と語ってくれました。

ドナー登録のきっかけは?

骨髄バンクやドナー登録のことは、テレビや新聞などで以前から知っていました。登録の条件が20歳以上となっていたので「じゃあ、20歳になったらしてみよう」とっていう感じでした。実際の登録も、20歳になってたまたま新聞で全国一斉登録会のニュースを読んだのがきっかけ。僕の場合、登録自体にあまり深い考えはなかったんです。提供も2、3年後のことになるだろうと思っていました。ところが登録後、たった2カ月で「確認検査のお知らせ」が届いたのでびっくりしました。検査を受け、コーディネーターの方との面談を進めてはいましたが、この時は自分でも提供する決心がつきかねていたので、検査の結果、コーディネート中止になって正直言ってホッとしたという感じでした。

提供を迷ったのはどうしてですか?

わからないことだらけで、自分で判断できなかったんです。登録時にはビデオなどで提供までのことをひと通り説明されますが、それはあくまでザッとした話。提供はまだまだ先だろうと思っていたし、もともと僕は優柔不断なところがあって「とりあえず登録だけしとこう、提供するかしないかはそのときになって決めればいい」と考えていたんです。でも実際に通知が来てはじめて「決めておかなければいけないことだったんだ」と気づかされたんですね。

2回目の通知を受けたときは?

最初のコーディネートが中止に終わって約1年半後ぐらいに2度目の通知がきました。前回、提供に至らなかったので「今回は僕に決まるな」と思っていました。最終同意にはきちんと判断しなきゃいけないと思ったので、あらためて財団のサイトや患者さんのサイトにアクセスしたり、いろいろ読んだり調べたりしました。それではじめて患者さんの立場や大変さを知ったところもあります。検査の結果、僕が最終ドナー候補に決まって、ますます自分で判断して決めなくちゃいけないという責任感みたいなものを感じました。

提供を決断する決め手になったことは?

ドナー候補になったときから、自分より患者さんに近い立場の人や長年支援してきた人たちに会ってみたいと考えていました。それで東京のボランティアの会のお手伝いをしようと思っていたのですが、なかなか時間がなくて、結局お手伝いできたのは最終同意をする当日だったんです。会報の発送作業を手伝ったんですが、僕がこれから最終同意に行くという話をしたら、その場にいたボランティアの方々から「よく決心してくれた、患者さんだけでなく、家族をはじめ多くの人がどんなに喜んでいることか」と激励され、そう言われて、自分自身ようやく提供に納得することができました。

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