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提供者さんインタビュー

Vol. 15

秋吉質広さん
Vol.15:秋吉質広さん

理容師としてご自身でお店を経営している秋吉質広(あきよし ただひろ)さん。ドナー登録だけでなく、地域の清掃を行うグループ・エコレンジャーや心臓移植を必要とする少年の支援など、超多忙な毎日。骨髄提供後は職業柄、得意分野である話すことを生かして、骨髄提供についての講演活動を行うようになったそうです。

ドナー登録のきっかけは?

10年ぐらい前に見たテレビCMです。そのとき日本ではドナー登録者数が3万人ぐらいで、登録者が10万人になったらかなりの確率で適合すると知りました。移植を受ければ生きることができる人がいる、そう思ったらすぐに電話をかけて登録の手続きをしていました。

実際に適合通知が来たときはどう思いましたか?

通知がきた瞬間から提供しようと思ってました。コーディネーターさんに話を聞いておかしかったのは「あなたは候補者のひとりとして選ばれました」というので、そんな訳はないと。白血球の型が合う確率は数百から数万分の一ってとても低いことを知っていましたから。嫌なら断ってもいいんですよと気を使っているんだな、と感じましたね。骨髄バンクも大変だと(笑)。だってこっちは最初から提供する気がありましたからね。

提供までに、何か問題点はありましたか?

最終同意面談のあと、あばら骨を軟骨骨折(打撲?)したんですが、コーディネートに影響が出るのではと思って黙ってました。そのことを店によく来る看護師さんに話したら、「骨髄バンクに連絡したほうがいい」と説得されたんです。でも、失敗したなぁと思ったことは、東京の事務局に連絡してしまったこと。電話越しにあわてている様子がよくわかりました。翌日、コーディネーターさんから電話があって、病院に来てくださいと言われて。検査の結果、すでに骨がくっつきかけていたので採取には問題ないことがわかったのですが、コーディネーターさんが骨髄バンクの偉い人に叱られていたとしたら、申し訳なかったです。

いざ、骨髄採取の時、不安や心配はありませんでしたか?

入院の朝、うちの子が泣いたままトイレから出てこないんですよ。子供なりにやせ我慢してたんでしょうね。さすがにその夜は病院の屋上でタバコを吸いながら「この星空が明日も見られますように」なんてことを思っていました。提供に同意してくれた家族には本当に感謝しています。頭を下げても下げても、いくら下げても足りないくらいですね。

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