スマートフォン版へ

 

QRコード
YouTube
YouTube

提供者さんインタビュー

Vol. 24

佐藤穂貴さん
Vol.24:佐藤穂貴さん

昨年、2度目の提供に向けて順調にコーディネートが進んでいた佐藤穂貴(ほたか)さん。残念ながら提供直前で中止になってしまいましたが、突然のことだったのでかなりびっくりしたそうです。「今回のように直前で中止になってしまうケースはあまりないと思うので、他のドナー登録者の方にも知ってもらいたい」と提供体験談&コーディネート中止・終了までのいきさつを伺いました。

ドナー登録のきっかけは?

ちょうど骨髄バンクができたころだったと思います。偶然、バンクができたことを新聞記事で見て、「こんなのがあるんだ」と。なぜかはわかりませんが、骨髄バンクのことがどうしても心に残っていて、 JMDPに登録がしたいと手紙を書きました。当時は未成年だったので20歳になったら登録してください、とお返事をいただきました。同封されてきたパンフレットを読んで、患者さんを救うチャンスがある、すごく意義があることだと思いました。

適合通知が来たときはどう思いましたか?

登録してから3年目に初めて適合通知をいただきました。それまでは2次検査の案内しか来たことがなかったので、家に大きな封筒が来ていたので驚きましたね。そのときは不謹慎かもしれないですけど、 1億円の宝くじが当たったような気持ちでした。

ご家族の反応はどうでしたか?

学生だったので、北海道で一人暮らしをしていました。電話で患者さんがみつかったことを話すと、父は「おまえの意思ならいいよ」と賛成してくれましたが、母は「危険なことはさせたくない」と反対していました。健康診断ではまったく問題なかったので、大丈夫だと思っていましたし、私自身はたとえ万が一のことがあったとしても、そういう運命だったんだ、と考えるタイプなんです。でも、母は他人のために提供して、なにか事故にでもあったら心配だと譲らなかったです。私が健康でここまで元気でやってこれたのは、周りのみんなの支えのおかげ。恩返しってわけじゃないですけど、病気で苦しんでいる患者さんを助けてあげたかった。定期試験の直前でしたが、実家に電話をして、母と泣きながら話をして説得しました。ようやく母も同意してくれて、私と患者さんにいい結果が出るといいね、と言ってくれました。

コーディネート中に印象に残ったことは?

最終同意は家族と別々の場所で行いました。同意したあとに記入する書類を見て、人命がかかってるんだと思うと、すごく重みを感じました。親は最終同意前に賛成してくれたので、前向きに受けてくれたそうです。あと、検査のために授業を休むことになったんですが、大学に「公的な休みにならないか?」と相談したことがあります。大学からは前例がないのでできないという回答でした。当時、私は医療系の大学に通っていたので、医療の道を志すところなのにこんなことでいいのかしら? と思い、 納得できませんでした。

入院はどうでしたか?

提供したの9年前の夏で、ちょうど大学が夏休みの時期です。入院は3泊4日でした。わざわざ両親が茨城からお見舞いに来てくれて、入院前日は富良野で父とドライブ、退院後は母とホテルに泊まりました。普段は離れて暮らしているので、いろいろなことが話せました。健康体での入院は不思議でしたね。内科の病棟で6人部屋でした。当たり前ですが全員女性で、みなさん私よりかなり年上の方ばかりで、その中にぽんと入れられた感じがしました。皆さんお話が好きな方ばかりで、 話をしていると 気がまぎれました。

採取のときは緊張しましたか?

あまり緊張しませんでした。麻酔科の授業も受けていたので、全身麻酔のことは勉強済みでした。自分の身体で実体験できる、なんて思ってたぐらいですから。どういうことをするのか、流れもわかってますし、不安はなかったですね。前日も緊張せずによく眠れました。

topへもどる