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提供者さんインタビュー

Vol. 21

三升家勝菜さん
Vol.21:三升家勝菜さん

カナダの観光ガイド→旅行代理店勤務→葬祭場の司会業という変わった経歴を持つ異色の噺家、三升家勝菜(みますや・かつな)さんは、昨年の12月19・ 20日の2日間、骨髄バンク応援チャリティー寄席を開きました。勝菜さん自身、ドナー登録から十数年を経て、昨年骨髄提供を体験。高座に上る直前の楽屋にお邪魔して、いろいろお話を伺いました。

勝菜さんのドナー登録のきっかけは何だったんでしょうか。

当時、僕は旅行代理店から葬祭業に転職したばかりの頃で。日々家族を亡くされた方と接していると、否が応にも「いのち」の尊厳のようなことを考えてしまうんです。同じ時期に、僕の母親が白内障で入院したことも重なって。普段丈夫だった、そんな人が病院のベッドの上にいるのを見るのは、とても不憫に思われてくるものなんですよね。

今回、骨髄バンクのチャリティー寄席をやることになったきっかけを聞かせてください。

僕は1993年にドナー登録をしたんですが、92年にはすでにドナー登録受付は開始されていたわけで。僕は、それに気がつきませんでした。考えて登録しないと決めたのなら、それはそれでいいと思う。でも、考えたことがない、または僕がそうだったように骨髄バンクの存在すら知らない人って、実際多いんじゃないかと。それから、これはコーディネーターさんから聞いた話なんですが、骨髄提供が決まった男性が「どうせなら、俺は夏目雅子さんみたいな人にあげたいなぁ」と。そしたらその奥さんが「なにいってるのよ、もらう方だってキムタクみたいな人がいいって思ってるわよ」って。旦那さんは照れ隠しに、奥さんは旦那さんの言葉の毒を消しつつ、旦那さんの健康を気遣うそぶりを見せまいというふんいきが感じられますよね。欧米の直情的な感性とは違った日本人独特の照れの意識、この国ならではの夫婦の感じが出ていると思いませんか?まさに古典落語に出てくる夫婦そのものなんです。きっと落語が好きな人は、興味をもってくれる話だと思ったんですよ。

聞くところによると、歌舞伎の市川団十郎さんとも縁がおありなのだとか。

はい。三升家の初代と市川家の7代目にお付き合いがあったのだとかで。以来同じ家紋を使わせていただいています。最近その団十郎さんが、白血病で倒れられた。これも何かのご縁かもしれないと思ったのも、きっかけのひとつでしたね。

提供されたのは、昨年のことでしたよね。

登録の翌年ぐらいに一度適合しているんですよ。結構当たるもんなんだな、って思いましたが、そのあとは10年間、音沙汰なし。今回は提供まで進むような気がしました。というのは、落語には最初の修行期間が終わって独り立ちする日があるんですけど、適合通知には僕が独り立ちしたその日付が記されていたんです。さらに偶然は重なるもので(笑)。適合通知が来てから、提供したのはそれから7カ月後のことだったんです。患者さんの都合なんでしょうかね・・・かなり待ちましたよ。仕事の関係もあって、早く提供したいこともあったんですけどね。

三升家勝菜一暖会 12月19・20日の2日間にわたり、都内落語協会二階ホールで、骨髄バンク応援チャリティー寄席を開かれました。高座では、ドナーの心情や入院の体験談も披露。木戸銭1500円のうち、1000円が日本骨髄バンクに寄付されました。

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