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提供者さんインタビュー

Vol. 37

小山公成さん
Vol.37:小山公成さん

小山さんは、なんでも探検隊でボランティアをしていただいております。骨髄バンクのボランティアを始めるきっかけを伺ったところ、なんと2回も骨髄提供していたとのこと。3回目の提供はできないことから、少しでも骨髄バンクに協力できればとボランティアに応募したそうです。 家族の反対を乗り越えて2回提供していただいた体験談を伺いました。

登録したきっかけを教えてください

ドナー登録したのは、大学生の時でした。博多駅前で献血と一緒にドナー登録会をやっていました。呼びかけをしていたのでふと立ち止まり、骨髄バンクの登録説明を受けることにしました。登録を迷っていると、そこで説明をしていた方から「ここで登録しなければ可能性がとぎれます。少しでも迷っているのであれば、可能性を残してくれませんか」と言われ、背中を押されるように登録しました。リスクをきちんと説明されましたが、「なんだか大がかりなことをするんだな・・・」と不安がありました。その場で迷いましたが、適合通知が来てから考えればいいかなと軽い気持ちでした。

1回目の骨髄提供は?

登録してから3年後、適合通知が届きました。僕は、その時理学部の大学院生となっており、夜中まで研究に取り組み忙しい毎日を送っていました。通知を受け取っても提供する確率が低いことは、年2回届くバンクニュースで知っていましたので、合う患者さんがいたんだと冷静に受け止めました。両親に提供の内容を理解してもらうため、日本骨髄バンクから概要を説明しているDVD(※)を送ってもらいました。
早速両親に報告すると、父は「絶対ダメだ」、母は「やりたいなら仕方ない」という反応でしたが、もうこの時には、自分の提供する意思は固まっており、「断ったら患者さんは助からない」と両親を1カ月説得して、なんとか同意を得ることができました。父の反対を賛成に変えるというよりかは、とにかく自分の気持ちを伝えて理解してもらおうと必死でした。そして詳しい検査を受けると提供することに。コーディネーターからは、「実は、若い男性って選ばれやすいですよ」と教えていただきました。
冬に提供したので、風邪を引かないように入院の前には気を付けました。採取の際は、うまくいくか不安でした。午前中手術が終わり、目が覚めたのが夕方でした。僕はとても麻酔が効きやすい体質だったらしく、通常の人より覚醒するまで時間がかかったらしいです。自分は自覚なかったのですが、両親はとても心配して付き添ってくれました。
目覚めた後、やはり骨髄を取った箇所は痛みましたが、それよりもカテーテルの痛みの方が強烈でした。骨髄の取る量も患者さんの体重によって変わるらしいのですが、体格の良い方だったのかたくさん取られたようです。
※ご希望の方には送付しています。

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