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提供者さんインタビュー

Vol. 40

後藤哲平さん
Vol.40:後藤哲平さん

後藤哲平さんは、学生時代は台湾に留学し、現在は中国語と英語を駆使して海外取引で活躍する国際ビジネスマン。骨髄バンクで移植を受けた姉・千英さんの5年後に、縁あって今度は自らが骨髄バンクで提供ドナーとなりました。海外出張で忙しい合間をぬって、出発便を待つ羽田空港でお話を伺いました。(このインタビューは、日本骨髄バンクニュース第51号[2017年12月6日発行]でもご紹介しています)

骨髄バンクドナーになった巡り合わせは?

ドナー登録したのは、骨髄バンクで提供を受けた姉の移植がきっかけです。兄と僕のHLA型は一致したのに姉とは一致せず、とても残念でした。それまで献血したことがなかったけれど、献血ルームに行って登録しました。
忘れかけていた頃、骨髄バンクから連絡がありました。うれしかったです。妻は骨髄バンクのことは初めて知ったばかりでしたが、快く賛成してくれました。両親や兄弟も賛成してくれましたが、後で聞くと不安はあったようです。
適合通知を受け取ったちょうどその頃、友だちから留学時の後輩が議員の奥さんになっていて、ご主人が白血病で亡くなったと聞きました。その方が名古屋市議会議員の日比健太郎さんでした。同じ35歳で小さい子どもの年もほとんど一緒だったことから、偶然とは思えないつながりを感じたことを鮮明に覚えています。

周りの人たちの反応はいかがでしたか?

適合してから提供に至るまでの間、自分のフェイスブックに体験を投稿しました。もちろん提供日時や場所等が特定されるような情報は掲載しないというルールを守って。たくさんの人から「いいね!」をもらいました。何人かが「自分もドナー登録しました!」と投稿してくれてうれしかったです。
今はまだ珍しいから「すごいね」と言われるのであって、こういうことが献血と同じように当たり前になってほしいと思います。

後藤哲平(ごとうてっぺい)さん
香川県在住。2012年1月ドナー登録。2017年7月骨髄提供。
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