患者さんインタビュー

Vol.02:齊藤峰章さん

1999年に慢性骨髄性白血病を発病。現在、インターフェロン治療を続けながら、家業の雑貨卸業と、地元の埼玉県の(社)入間青年会議所のメンバー、さらに骨髄バンクのボランティアとしても活動しながら適合ドナーが現れるのを待っている。

骨髄ドナー登録をした矢先
思ってもみなかった発病。

骨髄移植を待っている患者さんというと皆さん、ベットで寝たきりの状態だと思っているかもしれませんが、みんながみんなそうじゃないんですよ。私は 1999年4月に慢性骨髄性白血病と診断されて、発病当初の1カ月間入院しましたが、その後はインタ--フェロンの自己注射を一日おきに続けながら、自分の仕事と地元の青年会議所の活動、家庭では3児の父親として生活しながらの闘病、そろそろ2年5カ月になります。治療と併行して、骨髄バンクでドナーを探していますが、適合ドナーはまだ見つかっていません。

インターフェロンはC型肝炎などの治療にも使われる薬ですが、白血病では白血球の増殖を抑えるために使うんです。薬価は注射1本2万7000円で、それが保険で自己負担が5000円になる。今話題の「アガリスク」とかいろんな健康食品がありますけど、いくら高くてもひとつ2万なんてもん、ないでしょ? それを考えると保険はありがたいですね。これを1日置きに注射するんですが、その副作用がすごい。今は慣れてきて翌日起きられるようになりましたけど、それでも注射したすぐは寝てるしかないんですよ。トイレに行きたくても、体が金縛りにあったみたいに動けない。それくらい作用が強いってことなんでしょうね。

発病した年は自分にとってはまさに"激動の1年"でした。仕事に加えて青年会議所では理事長を勤めていましたから毎日が激務。でも長年柔道を続けていて体力には自信があったし、身長180cm、体重も当時115kgあった自分は病気と無縁だと思い込んでいたんです。

ところが3月初めぐらいから体調を崩して1カ月もその状態が続いて。それで4月6日にようやく病院に行ったら「白血球の数値が異常に高いのですぐに大学病院へ」と言われました。翌日の大学病院ではその日のうちに入院。正常なら5、6000という値の白血球が私の場合、診断された時点で42万もあったんです。

告知された時はショックでしたよ。その前の年、青年会議所が企画した「まちづくり夢対談」という席で、市の広報誌にドナー体験を掲載なさった方と対談していたので、病気や骨髄ドナーのことは知っていました。それをきっかけに私自身ドナー登録をしたばかりだったんです。まさか自分が移植を受ける側の立場になるとは思っても見なかったですね。

ただ、こればっかりは運命としか言いようがないですから。病気を辛いと言ってもしかたがない。だいいち道を歩いていたって、いつ看板が落っこちてきて死ぬとも限らないじゃないですか? もともと白血病は20万人に1人の割合で発病する病気だし、私が住んでいる街の人口約15万人だから、まぁ統計よりもやや高い確率で自分がなってしまったわけです。でも、これは受け入れるしかない、治ろうとするしかないですよ。

その時「ここまで持ちこたえられたのも持ち前の体力のお蔭」だと病院の先生はおっしゃってましたけど、今思えば自分の体力を過信しすぎていたんですね。もしあの時、発病を知らなかったら、私は確実に突然死していたはずですよ。家族や仕事はどうなっていただろうと思うと、今生きているだけ運がいい。病気になったのはかえって自分のことを振り返るきっかけになってくれた面もあるんです。