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患者さんインタビュー

Vol. 03

大竹文さん
Vol.03:大竹文さん

1991年に慢性骨髄性白血病であることが分かり、1994年に骨髄バンクを介した骨髄移植を経験。入院期間を含む約1年以上の療養を経て社会復帰。広告パブリシティ会社勤務。

会社の健康診断で知った突然の発病

病気のことは、32歳の時に受けた会社の健康診断で分かったんです。私の会社はテレビなどのマスコミを通じて企業の広告パブリシティを行なう会社で、営業を担当していたものですから、それまでは忙しくて健康診断も受けたり受けなかったりだったんです。30歳過ぎると血液検査なんかも加わるというんで「じゃ受けなきゃね」なんて感じで、たまたまその年は受けたんですよ。

そしたら「精密検査を」という連絡が来て、近くの小さなクリニックで採血してもらったら「うちでは詳しい検査ができないから」と都立広尾病院を紹介され、そこで骨髄穿刺という検査があり、病名も聞かないうちに「あなたは骨髄移植を受けたほうがいい。骨髄移植をやっている病院を紹介しましょう」と言われて、都立駒込病院に通うことになったんです。告知もされないうちに、そんな話になったのは、今思えば妙なんですけどね(笑)。

病気のことは、広尾病院に紹介されたときからうすうす感じてました。というのも、検査のための通院で仕事を休むでしょ。そうすると診断書をもらうことになる。糊付けした封筒に入ってるんですけど、自分のことだし興味あったからこっそり開けてみたんですよ。

病名の部分は外国語でわかんないんだけど「......の疑いあり」なんて書いてある。外国語が分かる会社のスタッフに「これどういう意味?」って聞いたら、「ああ、これは白血病だよ」なんて言うんです。私も、周囲の人達もびっくりして「本当? 間違いじゃない?」なんて聞いたんですけど、そのスタッフ、半分外人みたいな人なもんですから「間違いない、僕のワイフの親もこれと同じ名前の病気で、ウン年前に亡くなったんだから!」なんて自信満々に答える。それまで私、病気したこともないし、元気だったから「誤診じゃないの?」と思ったんですけど、そんなわけで告知される前から一応の覚悟はしていたというか......。

最初の入院は2カ月間でした。検査入院ということだったんです。治療といっても朝1本、注射されるだけで、あとは何にもなし。暇で暇で、とにかく寝てばっかり。看護婦さんも最初は「大竹さん、疲れてたんだねェ」なんてそっとしててくれたのに、そのうち締めてたカーテンをシャ!っと開けるようになりって...... 寝てばかりいる人なんだと思われてたみたいでした(笑)。

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