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患者さんインタビュー

Vol. 05

小畑和馬さん
Vol.05:小畑和馬さん

1997年、15歳の時に白血病と診断され、その2年後に骨髄バンクを介した骨髄移植で完治。治療のため高校進学が遅れたが、17歳で特別編入が認められ、療養を続けながら昨年無事に卒業。今年1月就職したばかりの新社会人。

14、15歳で毎年入院騒ぎ
「治すしかない」と観念した。

僕は急性リンパ性白血病だったんですよ。15歳の時に発病しました。それまでずっとラグビーのクラブチームに所属していて、健康でガタイも良かった。身長170cmで体重は当時70kg、それもほとんど筋肉っていう状態。

スポーツは僕、なんでもできるんですよ。サッカー、バスケ、野球、バレーに卓球、水泳も得意だったし、そのなかでも面白かったのがラグビーですね。チームには小学校の時から入っていて、これからの人生ラグビーで過ごそうかなと思ってたくらい。高校もこれでやって行けたらと思っていた矢先に、病気にかかっちゃたんです。

中学3年の1月末ぐらいに、貧血がひどくて病院行ったんですよ。その前から貧血の症状が出てたんですけど、うちのおふくろも強いんで「そんなの気合で何とかなる!学校に行け!」っていう感じで(笑)。でも1カ月ぐらいそんな状態が続いて、もうつらくてつらくて、顔色も真っ青になるし。それで近くの大学病院に行ったら「とりあえず入院して」ということで闘病生活が始まりました。

病気の告知は特にされなかったです。ただ、どんな病気かは予想ついてましたね。治療の説明で先生から「髪の毛が抜ける薬を使うよ」と言われたし、そんなこと聞いたらだいたいわかるじゃないですか、「ああ、白血病だな」って。今の世の中、情報が溢れてるし、テレビドラマに取り上げられたりすることもあるし、そういうの見てれば誰でも分かるでしょ。

実は僕、14歳の時にも突然ギラン・バレー症候群にかかって入院していたんですよ。このときのほうが僕にとってはキツかった。ギラン・バレーってどんな病気かご存知ですが? 原因はよくわかっていないんですが、神経の病気で体中の筋肉が麻痺しちゃうんです。ひどい時は呼吸も自力でできなくなる。僕も発症してすぐ集中治療室にしばらく入院してました。中学生にもなってオムツもつけましたよ。

でもなにがキツいって、しゃべれないことです。声はかろうじて出せるんだけど、言葉がしゃべれない。耳は聞こえていたんで、まわりが何言ってるかは分かるんですけど、体は動かせないししゃべれないしで、自分の意志表示がまったくできない。これがつらかった。その印象が強烈だったんで、白血病自体はさほどショックじゃなかったんです。あとで病室に置いてあった診断書が見て、きちんとした病名が分かったんですけど、そのときも「だったら治すしかないか。しゃぁないな」という感じでしたね。

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