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患者さんインタビュー

Vol. 06

白水豊さん
Vol.06:白水豊さん

1993年8月に慢性骨髄性白血病と診断され、1995年初めに骨髄バンクを介した骨髄移植で完治。移植後に結婚、お子さんも誕生し、現在美容師として忙しい毎日を送っている。

打撲の腫れが引かなかったのが
発病を知るきっかけに

病気だと判ったのは27歳のとき。北海道から上京して7年目、美容師として赤坂の店に勤めているときでした。ホントに偶然で、ある土曜の晩、仕事が終わってからクラブに遊びに行って、そこで何かに脚をぶつけたんです。ノリがよくて混みあっているクラブではよくあることなんで、そのときは気にも止めなかったんですけど、翌日になったら脚が張れあがって、ズボンが履けなくなっちゃったんです。あまりにひどいんで病院に行ったら入院を勧められました。でも、入院するほどもないだろうと思ってその日は仕事に戻りました。

休日に1日家で休んでいたのですが、良くならないばかりかもっとひどくなるような感じで。これは骨でも折れてるのかと思って、「やっぱり入院させてください」と再度病院へ。血液検査を受けて、白血球の数値が異常に高いということが分かり、別の病院で詳しい検査をすることになったんです。

最初、先生から言われた病名は「類似性白血病」というものでした。「白血病みたいな病気だけどすぐに治るよ」なんて言われたんですが、それと同時に「親御さんを呼んでください」と言われました。はっきり言って勘弁してくれって感じでしたね。なにせ親は北海道から来るんですから、時間も費用もバカにならない。でも両親は病院からの連絡で、僕より先に病気のことを知っていたみたいで、告知や治療に関する相談で都合3回も東京まで駆けつけてくれました。告知を受けたとき、親の驚く顔を間近で見ていて、とても残酷なことを聞かせているようで申し訳なく思ったのが記憶に残っています 。

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