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患者さんインタビュー

Vol. 08

長島陽介さん
Vol.08:長島陽介さん

現在大学4年生の長島さんは、学園祭やフリーマーケットに参加しながら、骨髄バンクのPRを行う「ようすけプロジェクト」の代表。昨年2002年12月に骨髄異形成症候群と診断されたことが「自分から動く」ことのきっかけになった。

大学3年の冬、就職活動スタートした矢先の発病

ある日鼻血が止まらなくなって、白血病だってことが分かる。これって、映画やドラマでよくあるパターンだと思うんですけど、俺の場合がまさにそれです。去年の12月1日、その日は受けるつもりだった就職試験の日だったんで覚えているんですけど、朝から鼻血が止まらなくなって、しょうがないから受験放棄ですよ。翌日、近所の耳鼻科でやっと止めてもらって、「もっと詳しくみてもらったほうがいい」と、医者から大学病院への紹介状を持たされました。

そんなわけで、大学病院での検査結果を聞くまえに「なんかヤバイ!?」っていう気もして、すごく親しい友達には「入院するかもよ」なんて話していました。案の定、結果を聞きに行った日に即入院。出血しやすかったその時期は、入院での輸血治療で乗り切りました。今はこうやって客観的に話せますけど、骨髄異形成症候群という病気になったという現実が重くて、落ち込んだというか、精神的におかしくなりそうだった時期もあります。

今は病状が安定しているので、投薬などの治療は学校を卒業してから始めることになってるんです。実際、学校行って、週に1回バイトしてっていう、普通の生活しているぶんには大丈夫なんですけど、睡眠時間を削って、ワーッと集中して何かするってことは、今できないです。逆に去年の12月までは、バンドやったり学園祭があったり、友達の映画製作を手伝ったりで、徹夜はするわメシは食ってないわ、すんごく体に無理させてたんです。入院するって言ったら、「やっぱりな、栄養失調だろ?」っていう友達もいたぐらいですから(笑)。

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