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患者さんインタビュー

Vol. 14

石山ナナさん
Vol.14:石山ナナさん

1度良くなった急性骨髄性白血病が再発したのは、治療の2年後。再発時の治療は、骨髄移植以外にないと知りながら「人に大変な負担を強いる治療に抵抗があった」という石山さん。でもドナーさんが現れたことが大きな励ましに。「生き抜こう」という前向きな気持ちになれたと話してくれました。

発病当時、あえて病名を伏せた
医師の配慮が嬉しかった。

病気になったのは、25歳のときです。2カ月半のあいだに、下痢や発熱、生理不順、歯茎から出血したかと思えば、太ももや手の甲にアザができるなど、いろんな症状が現れて、そのたびに思い当たる「科」に通うのですが、原因が分からずに帰ってくることを繰り返していました。

医者からは「一時的な症状」と言われるんですが、自分ではどうしてもそう思えなくて、あるとき家にあった家庭用の医学辞典を読んでいたら、自分の症状がすべてあてはまる病気をみつけて。それが白血病だったんです。

すぐに病院を受診したものの、「白血病だと思う」とは言えなかったです。でも、血液検査で耳から血をとったら、その血が40分以上も止まらなくなってしまって。やはり白血病なんだなと思いました。診てくれた先生は「血小板減少症かな」と、そのときは病名をはっきり言いませんでしたが、私はその配慮がありがたかったです。ただ、その日からすぐ入院生活が始まりました。

当時は、食品メーカーに研究員として勤めていました。大学ではバスケットをずっとやっていて、"体育会系の技術職"だったんです。体力には自信があり、自分が病気になるなんて思ってもいませんでした。それだけに白血病になってしまったのは、仕事のストレスをうまく消化できなかった自分のせいという気がして、絶対自力で治そうと思ったんです。

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