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患者さんインタビュー

Vol. 16

林正順さん
Vol.16:林正順さん

毎年受けていた人間ドックで急性骨髄性白血病が判明。化学療法で退院後、再発し骨髄移植を受けることになりました。移植後は順調に回復し、学校に復職も果たしました。これからは骨髄バンクだけに限らず、自分ができるボランティアをやってみたいそうです。

人間ドックから急遽入院
思いもよらなかった病名告知

人間ドックは毎年受けていました。最後の問診で先生から「すみません、もう一度血液検査をさせていただけませんか」と言われました。そのときは「あ、失敗したのかな」ぐらいしか思っていませんでした。検査後にもう一回問診があって、血液内科がある他の病院に行くように勧められました。ただごとではないかもしれないと、いやな予感がしました。

大学病院で血液検査をして、1週間後くらいにマルク※を受けて、その検査結果を聞きに行くと、その日のうちに「すぐ入院してください」と言われました。血液中の白血球が増えていたのではなくて、減っていた段階だったそうです。自分では身体がつらいとか、とくに自覚症状がなかったので、入院と言われても実感がありませんでした。検査結果は妻と2人で聞き、病名は「急性骨髄性白血病」でした。

※マルク...骨髄穿刺。胸骨や腸骨から骨髄を吸引する検査。

「再発した場合は骨髄移植」
その言葉で覚悟を決めていた

入院するとすぐに化学療法がスタートしました。治療中は暇だったのでパソコンを購入し、検査結果が出ると入力していました。同じ部屋の人は同じような病気の人ばかりですから「データを取っておくといいよ」とアドバイスしてもらったんです。そのデータを見ると、184日で寛解になったので退院できました。

主治医の先生には「再発した場合には骨髄移植しかないと思います」と言われていたので、自分のHLA型をチェックして、JMDPのホームページにある「HLA照合サービス」でドナーさんがいるのか調べました。そのときは23人いて、大丈夫かなぁと思っていました。

退院は2月でしたが、12月の血液検査をしたときに「あれっ?」とお医者さんが首をかしげたんです。1カ月後に再度検査を受けることになったのですが、「来たかな」という気持ちはありました。だから「再発のようですね。入院しましょう」と言われても、比較的淡々と受けとめられました。

結構、調べることが好きだったものですから、インターネットに再発する確率が5割とあって、それも1年以内で。それなら再発することはありえますよね。淡々とはしていながらもショックは大きかったです。それでも入院の準備もありますし、調子が悪かったのでコンピュータを買い換えないといけなかったですし、仕事の引き継ぎのこととか、たくさんやらなきゃいけないことが頭の中にありました。自分を忙しくすることによって、再発のショックを忘れるような雰囲気を自分で作っていたのかもしれません。

骨髄移植が具体的になってからは、HLA型が一致する身内はいなかったので、骨髄バンクに登録しました。全部の型が一致するフルマッチではドナーさんが見つからず、治療成績がさほど変わらないということで、一座不一致でしたがお願いすることにしました。移植までは3カ月ぐらいだったので、ドナーさんが見つかるかどうかという不安はありませんでした。

周りからいろいろと話を聞けば、移植すれば無菌室から戻ってこられないかもしれない。無菌室を出られるか出られないかがまず賭けであると。迷いはありましたけど、骨髄移植しか方法がなかったので、もうやるしかないと決意しました。1回目の入院では子供を病院に呼ばなかったんですけど、骨髄移植するときに初めて子供に病院へ来てもらいました。最悪の状況も覚悟していましたね。

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