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患者さんインタビュー

Vol. 17

宮本真樹さん
Vol.17:宮本真樹さん

2009年、骨髄異形成症候群と骨髄増殖性疾患が混じったとても珍しい病気と診断。2010年に骨髄移植を受け、順調に回復。現在は箱根駅伝で骨髄バンクののぼり旗を持って応援するボランティアをしている。

まさかの発病、家族の悲しみ

ある日、急に痩せてしまい、貧血になることが多かったので、病院へ行き血液検査をしました。すぐに病院から「大変なので来てください」と連絡があり、仕事が休みだった夫と一緒に駆けつけました。

骨髄異形成症候群と骨髄増殖性疾患が混じったとても珍しい病気と診断され、移植をしなければ、2~3年の余命しかないと。夫は冷静に装っていましたが、少しでも情報を得ようと病気のことをインターネットで調べていました。子供は当時、高校1年生の長男と小学校4年生の長女。子供には、夫から話をしてもらったが、長女はどういうことか理解できていなかったようですが、長男はひっそりとお風呂で泣いていたそうです。長女は自分の母親が死ぬことがないと思っているようでした。

絶対に病気に負けないと根拠のない自信があった

骨髄バンクでドナー検索すると、3カ月でHLA型が全て一致したドナーさんが見つかりました。ドナーさんが見つかったときは嬉しかったですが、動揺しました。自分の身に何が起きても良いように、身の周りの整理をしていたら気持ちも前向きになり、「やってみなければ分からない」と覚悟を決めて入院。

ドナーさんから提供された骨髄液が届いた時、「これで命をいただいた」と思い、ホッとしました。移植した後、ほとんど合併症や後遺症もなく2か月ほどで退院できました。入院中は、主治医や看護婦さん、病気を通じてお知り合いになった患者さん達、そして家族や友達に支えられ、順調に回復。

抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けるために用意した帽子には、、家族からのメッセージがたくさん書いてあり、治療の励みになりました。家族がいたから強くなれたと思います。

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